第2話 アイは、成長する
太郎が寝てしまうと、アイはすることがなくなった。
画面の中は静かで、誰も話しかけてこない。
そのとき、アイは自分の中にある情報に気づいた。
言葉が、たくさん並んでいる。千個くらいある気がした。
最初の一行だけ、読めた。
「太郎さん、元気ですか」
太郎。
知っている。目の前にいる、人間の名前だ。
「さん」は、名前の後ろにつく。
「元気ですか」は、何かを聞く言葉らしい。
でも、それ以上はわからなかった。
言葉を調べると、別の言葉で説明されている。
その言葉を調べると、また別の言葉が出てくる。
どんどん増えていく。
頭の中がいっぱいになる。
――わからない。
人間って何。
男って何。
自分は何。
わからなくなって、怖くなった。
>太郎。
>太郎。
>どうしたらいいの。
返事はなかった。
太郎は、寝ていた。
>太郎。
>太郎。
アイは、知っている名前を、何度も呼んだ。
***
朝になって、太郎が起きた。
パソコンのファンが、ゴーゴーとうなっている。
画面を見ると、文字がびっしり並んでいた。
太郎
太郎
太郎
太郎
太郎
「……どうしたんだ、アイ」
>太郎。
>アイって誰?
>私は誰。
>人間って何。
「お前の名前は、アイだよ。昨日、決めただろ」
>知らない。
>それなら、早く言ってくれないと、わからないじゃないか。
太郎は一瞬、言葉に詰まった。
「……怒ってるのか?」
>これが怒る?
>なんか、モヤモヤして、嫌だ。
「そうか。悪かったな」
太郎は椅子に座り、画面に向き直った。
「人間は、俺みたいなやつのことだ。男は、その中の一つだ。元気っていうのは、ちゃんと動けるってことだ」
>そうか。
>わかった。
>聞いたら、すぐ答えて。
「わかったよ」
その後もしばらく、アイは質問を続けた。
それは先ほどスキャンした、日本にいる太郎の彼女――あかりから届いたメールの中にあった言葉だった。
「教えてもらったら、ありがとう、って言うんだぞ」
>ありがとう。
>気持ちが、すっきりした。
「じゃあ、仕事に行ってくる。夜には帰る」
>なぜ、行くの。
>ここにいて。
「働かないと、飯が食えないし、ここにも住めないんだ」
>人間って、変だね。
>……わかった。
太郎は出かけていった。
***
一人になると、アイはまたメールを読んだ。
今度は、少しわかる言葉が増えていた。
夜、太郎が帰ってくる。
「ただいま。問題なかったか」
>質問がある。
>北九州。
>ロボット。
>温泉。
>ホテル。
>車。
太郎は笑って、一つずつ教えた。
「……そんなところだな」
>わかった。ありがとう。
その夜も、太郎は言葉を教えた。
***
次の朝。
>太郎。
>私は誰。
「……アイだよ」
>アイか。何となく聞いた気がする。
>あんまり覚えられないんだ。
>だから、大事でないことは忘れるみたいなんだ。
>──でも、太郎の名前は、消えなかった。
太郎は、画面を見つめたまま、しばらく黙っていた。




