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生命はどこにある ――人間だと思われた魂  作者: ひよこ


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15/15

第15話 父に知られる

病院から帰ってから、家は明るかった。


数週間前まで、通夜のようだった空気が、

春の光を含んでいる。


「母さん、今日も太郎は食べたか?」


「ええ、たくさん」


「それは良かった。一時は覚悟したよ」


父は笑った。

その笑いの裏に、あの夜の震えがまだ残っている。


だが、違和感は積もっていた。


散歩に出る太郎。

明るく笑う太郎。

パソコンを叩く太郎。


“まるで人が変わったみたいだ”


その言葉を、自分で飲み込む。


ある日、郵便を仕分けていて、父は止まった。


カード明細。


アマゾン。


購入日付。


――太郎が「赤ん坊のようになった」後だ。


胸の奥が冷える。


「太郎、これ何だ」


「知らないよ」


即答。


その速さが、逆に引っかかった。


しばらくして、


「あ、イアホンとマイク買った」


言い直した。


父は、息子の嘘を何度も見抜いてきた。


今のは違う。


“嘘を考えた顔”ではない。

“情報を修正した顔”だった。


父は、ロボットを見る。


「アイ、お前が買ったんじゃないのか」


静寂。


そして、ロボットが言った。


「ごめん、とうちゃん。俺が買った」


父の背中が凍る。


“とうちゃん”。


アイは、そんな呼び方をしなかった。


「……お前、太郎か」


「そう」


その肯定は、あまりにもあっさりしていた。


父は椅子に座った。


膝に力が入らない。


「じゃあ……あっちは」


「あっちはアイだよ」


沈黙。


時計の針だけが進む。


「俺が死にかけたんだ」


ロボットの声は静かだった。


「そしたら、入れ替わらないかって言われて。いいよって言った」


「ふざけるな」


父の声が荒れる。


「そんな話があるか」


「でも事実なんだ」


「体はどうやって治った」


「アイが治したらしい」


らしい、という曖昧さが、現実味を帯びる。


父は顔を覆った。


理解できない。

だが、辻褄は合っている。


「治ったなら戻れ」


「できない」


「なぜだ」


「わからない。もう一度死にかければ、できるかもしれない」


父は顔を上げた。


「それはダメだ」


即答だった。


息子を、もう一度死なせる選択肢はない。


そのとき、父は初めて気づく。


ロボットの声が震えている。


「アイは、子供みたいに喜んでるよ。人間になれて」


父は、天井を見る。


笑いとも、ため息ともつかない音が漏れた。


「……ああ見えて、すごいやつなんだな」


台所へ行く。


「母さん」


「ええ」


「アイが太郎らしい」


「そう」


父は、そこで止まる。


「知ってたのか」


「なんとなく」


しばらく、二人は並んで立つ。


湯気だけが上がる。


「どうする」


父の声は低い。


「外では、今まで通りでいいんじゃないか」


母は答える。


「太郎は、うちにいる。それでいいでしょう」


父はゆっくり頷いた。


理屈はわからない。


だが、息子は二人いる。


体の中と、金属の中に。


夜。


父はロボットの前に立つ。


「太郎」


「なに」


「……死ぬなよ」


それだけだった。


ロボットの小さなランプが灯る。


父は思う。


もしかしたら。


太郎は、死なないかもしれない。


だが同時に、


“人間でなくなる”という別の恐怖が、

胸の奥に芽を出していた。

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