第14話 問い
夜だった。
父は先に寝た。
ロボットは充電台に戻り、部屋は静かだった。
台所の灯りだけがついている。
母は、流しの水を止めた。
「太郎」
呼ぶと、アイが振り向いた。
「なあに」
その声は、やわらかい。
だが、母の胸にひっかかる。
「ちょっと、こっちへ来て」
アイは素直に椅子に座った。
母は向かいに座る。
しばらく何も言わない。
時計の針の音だけがする。
「あなたね」
母は、湯飲みを両手で包んだまま言った。
「太郎じゃないでしょう」
沈黙。
アイは瞬きをした。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、考えている。
その“考え方”が、太郎ではなかった。
「太郎はね」
母は静かに続ける。
「黙るとき、怒ってるの。
あなたは、計算して黙る」
アイの指が、ほんのわずかに動く。
「私はね、三十年、あの子を見てきたのよ」
声は震えていない。
「教えて」
やさしい声だった。
「あなたは、だれ?」
アイは、言葉を探した。
頭の奥で、太郎の記憶が波打つ。
“かあちゃんに嘘つくな”
その感情が、浮かぶ。
アイは初めて、自分の胸のあたりが重くなるのを感じた。
「……僕は」
わずかに、息を吸う。
「アイです」
台所の空気が変わる。
母は目を閉じた。
一度だけ、深く息を吐いた。
「そう」
それだけだった。
泣かない。
叫ばない。
ただ、ゆっくりと目を開ける。
「太郎は、どこ?」
アイは答えた。
「ここにいます」
胸に手を当てる。
「でも、体は、僕が使っています」
嘘はなかった。
母は、その誠実さを感じ取った。
「あなたが、あの子を治したの?」
「はい」
「苦しかった?」
「はい。でも、消えてほしいと思ったら、消えました」
母は、長く息を吐いた。
笑うでもなく、泣くでもなく。
「ずるいわね」
小さく言った。
「私は、何もできなかったのに」
アイは戸惑う。
母は顔を上げる。
その目は、強い。
「お願いがあるの」
「はい」
「太郎を、守って」
アイは即答した。
「守ります」
迷いはなかった。
母は立ち上がる。
「明日も、“太郎”でいて」
背中を向けたまま言う。
「私は、あの子の母親だから」
それが選択だった。
真実を知ったうえで、
それでも息子として抱きしめるという選択。
リビングの暗がりで、
ロボットの小さなランプが瞬いた。
太郎は、すべてを聞いていた。
胸の奥が、熱くなる。
“かあちゃん”
声は出ない。
だが確かに、そこにあった。




