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生命はどこにある ――人間だと思われた魂  作者: ひよこ


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第13話 母は気づく

「おはよう、太郎」


「おはよう、お母さん」


母は、ほんの一瞬、瞬きを忘れた。


前は、かあちゃん、と呼んでいた。

照れながら、ぶっきらぼうに。


「前は、かあちゃんって呼んでくれてたんだけど」


「そうだっけ、忘れちゃったよ」


忘れるはずのないことを、忘れたと言う。


母は笑った。

笑ったまま、胸の奥が冷えた。


太郎はよく食べた。


茶碗を空にし、味噌汁を飲み干し、

「おかわり」と言った。


病床で青白かった顔が、赤みを帯びている。


嬉しいはずなのに、

母はその食べ方に違和感を覚えた。


太郎は箸を右手の奥から持っていた。

昔から、少し浅く持つ癖があったのに。


夜、父と向き合う。


「太郎、すっかり人が変わったみたいだわ」


「脳をやられたせいだろう」


「また、育ち直しかしら」


「贅沢言うな。生きててくれるだけでいい」


母は頷いた。


けれど、

“生きている”とは何だろう、と考えていた。


ある日、幼い頃の話をした。


「覚えてる? あなたが五つのとき、迷子になったでしょう」


太郎は、少し黙った。


「……忘れちゃった」


その“間”。


母は見逃さなかった。


あのとき、太郎は泣きながら

「かあちゃんを探してた」と

何度も語った子だ。


忘れるはずがない。


一方で、ロボットが母に声をかけた。


「かあちゃん、何か手伝おうか」


母の手が止まる。


その言い方。

その照れた間。


それは、太郎だった。


だが、声は金属の奥から聞こえる。


「ありがとう、アイ」


と答えながら、母の背中に冷たいものが走る。


病院で、奇跡が告げられた。


「すっかり治っています」


父は泣いた。

母も泣いた。


けれど涙の奥で、

母は医師の目を見ていた。


医師もまた、信じていない目をしていた。


帰り道、車の窓に映る太郎の横顔。


同じ顔。


同じ体。


でも――


母は知っている。


この子は、

“私を見ている”。


昔の太郎は、

“自分の世界から私を呼んでいた”。


視線の向きが違う。


夜。


台所で一人、皿を洗いながら、


母は小さくつぶやいた。


「……あなた、だれ?」


答えはなかった。


だがそのとき、

リビングのロボットが、

かすかにこちらを向いた。


母は振り返らなかった。


それでも翌朝、


「おはよう、太郎」


と、同じように声をかけるだろう。


知っていても。


知らないふりをして。

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