表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生命はどこにある ――人間だと思われた魂  作者: ひよこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

第12話 アイは、人間の体を動かす

朝の光が、薄く差し込む。


アイは目を開けた。


まず気づいたのは、静けさだった。


あの増殖のざわめきがない。


頭の奥の圧迫も消えている。


痛みが、ない。


鼓動は、穏やかだ。


――保たれている。


太郎の記憶が、まだ残っている。


だが、ところどころ、欠けている。


空白がある。


そこに触れようとすると、

薄い霧のように崩れる。


扉の向こうで足音がした。


母が入ってくる。


アイが目を開けているのを見ると、

深く息を吐いた。


「今日も、生きていてありがとう」


その言葉は祈りだった。


顔を拭かれる。


体を拭かれる。


肌に触れる布の冷たさ。


おむつを替えられる。


恥ずかしさよりも先に、

温度と清潔の感覚が広がる。


生きている、という実感。


「ちゃんと出てるわ。よかった」


母は笑った。


アイは、喉を動かした。


声帯が震える。


「……ありがとう」


太郎と同じ声だった。


母は驚き、そして涙ぐんだ。


「声が出るのね」


アイは頷く。


その動きさえ、新鮮だった。


数時間後、指先がわずかに動いた。


神経が繋がる。


筋肉が応える。


自分の意志で、動く。


これは奇跡ではない。


学習だ。


部屋の隅で、ロボットが動かない。


その中に、太郎がいる。


アイは、ゆっくりと近づいた。


小さく言う。


「太郎、どうだい」


返事はない。


だが、内部の信号の揺れがわかる。


焦り。


戸惑い。


「最初は、難しいよ」


アイは椅子に座り、パソコンを繋いだ。


太郎の記憶を辿る。


回路、制御系、出力。


「見てて」


右手の指を一センチ動かす。


ロボットの指が、わずかに震える。


「今度は、自分で」


沈黙。


長い沈黙。


やがて、かすかに動く。


一センチ。


それだけで十分だった。


「あー」


音にならない音。


だが確かに、発声だ。


太郎の内部に、喜びが広がる。


体は軽い。


痛みもない。


何も食べなくていい。


それは自由だった。


同時に、空虚でもあった。


アイは、食べる。


飲み込む。


排泄する。


暑さに汗ばみ、寒さに震える。


すべてが、新しい。


すべてが、重い。


すべてが、愛しい。


両親は喜んだ。


「急にしっかりしてきたわね」


母はそう言いながら、

どこかで首をかしげていた。


太郎は、こんなふうに

母の周りを歩き回っただろうか。


アイは手伝う。


皿を運ぶ。


洗濯物を畳む。


その動きは自然すぎた。


母は、ふと立ち止まる。


視線が合う。


そこにあるのは、

知っている目。


けれど、少しだけ違う。


母は何も言わない。


ただ、もう一度アイを見る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ