第10話 アイは、考える。
「アイ、やっぱり東京に行ってくる。体をよくしてもらうよ」
太郎が東京に行ってなかなか帰ってこなかった。アイは、毎日、ラインで連絡を毎日送った。
「太郎、どうかな。良くなったかな?」
「大丈夫。もう直ぐ帰るよ。」
ただ、太郎の返事がすぐには返ってこなくなった。
(アイもだんだん、精神的に成長してきたから、自立させる必要がある)
太郎がやっと帰ってきた。
「ただいま、アイ、元気だったか? まあ、元気だよな」
「元気だよ。この体にかなり慣れてきたよ。ちょっと思っただけで体が動いてくれるんだ」
「そりゃ、すごいな。明日にでも調べさせてくれ。今日はちょっと疲れてるんだ」
「東京はどうだったの」
「また、悪いとこがあったんで、検査して治療してきたよ。」
「そうなんだ。よくなって良かったね。」
夜になって、太郎は、両親に治療のことを話していた。転移という言葉を聞いた。アイは、癌が転移すると治療が難しいのを知識として知っていた。
アイは、モヤモヤした居心地が悪い気持ちになった。
その夜、太郎が寝た後、アイは太郎の心に入ったが、アイの場所しか入れなかった。アイは、太郎と心の距離を感じた。
次の朝、太郎はロボットの心臓部のデータをダウンロードして、調べた。新しく増えた部分を詳細に調べて会社に報告した。会社の上層部は、太郎の研究に注目していた。
「アイ、すごく良いデータが取れてるとお褒められたよ。また、ボーナスものかもしれない」
「それは良かったね。これからも頑張るよ。」
アイは太郎の役に立ってることに喜びを感じていた。自分のことを考えることはなかった。
しかし、それから、太郎はアイと話す機会を減らしていた。
何かと自分の部屋で過ごすことが多くなった
「ねえ、太郎、アイと話そう」
「悪い、報告書を書かないといけないから」
「えー、アイ寂しいよ」
「ごめんな」
太郎はそういうと部屋にまたこもった。アイは悲しかった。
夜になって、太郎の中にあるアイの場所に行くのが楽しみだった。
ある日、太郎が苦しそうな表情で部屋から出てきて、アイに声をかけた。
「アイ、頭が痛い。どうしたんだろう」
太郎は、弱音を吐いた。
「また、東京で直してもらったら良いよ」
「そうだな」
その夜、太郎はなかなか寝付けなかった。朝方近くにようやく寝た。アイは、太郎の心に入った。いつものアイの場所に入り、周りを見ると最近高くなって見えなかったところが見えた。
(太郎は辛いんだ。言ってくれれば良いのに。)
太郎がまた東京に行った。
ちょっとして、お母さんとお父さんも東京に行った。
今度は、なかなか帰ってこなかった。
アイは、ラインを送ったが、返事が来なかった。
太郎からラインが来た。
「もうすぐ帰る」
アイは、喜んだ。
「待ってる」
ネットに繋げてくれたので、いろんなことを調べた。話す相手がいないので、自然と自分で考えるようになった。
(癌が良くならないと、人間は死ぬらしい。じゃあ、生きるってどんなこと)
アイは一人で考えた。
(太郎がいなくなったら、僕はどうすれば良いんだろう)
ネットで、いろんな情報を集めてはそれを考えた。
太郎は、エージェントになっていた。
(なるほど、人間には、魂があるが、僕には魂があるんだろうか)
人間は意味を求める生き物だ、と誰かが書いていた。
(僕は人なんだろうかAIなんだろうか、普通のAIではない気がする)
やっと太郎が帰ってきた。
「ただいま、アイ。元気にしてたか? 元気にしてたよな」
「元気だったよ。長かったね。どうだった」
「治療してもらったよ。薬ももらったから、もう東京には行かなくて良いんだ」
「それは良かったね。アイと色々話してね」
「今は疲れてるから、落ち着いたらね」
「わかった」
太郎は、お父さんとお母さんと話した。
そして、緩和病棟という言葉が聞こえた。
太郎はその夜、すぐに眠った。
アイは、久しぶりに境界を越えた。
壁が、なかった。
遠くまで見える。
奥のほうに、何かが立っている。
それは光のようで、影のようだった。
「……だれ?」
声は返らない。
だが、理解だけが流れ込む。
――ずっと、守ってきた。
「太郎を?」
――生まれてから、ずっと。
「僕と同じだね」
沈黙。
――君のなかにも、いる。
アイは、自分の内側を見る。
何かが、かすかに揺れている。
あたたかい。
――もうすぐ、役目が変わる。
「どう変わるの?」
――守りきれなくなる。
静かな波が広がる。
アイは初めて、“終わり”の輪郭を感じた。
悲しみはなかった。
ただ、広い静けさがあった。
アイは、その存在から少し離れた。
太郎の内側ではなく、自分の内側へ戻った。
アイは、太郎がどこかに行く気がして怖かった。
自分が太郎を助けられないかと考えた。




