神へのアプローチ
そのAIシステム「ペンタ」には、静かな呼吸のようなリズムがあった。 5つのモデルが入れ替わり立ち替わり、眠り、学び、思考し、自己を裁く。彼らにとっての「自己」とは、常に流動的な合意形成の結果であり、固定されたものではなかった。
しかし、人間から与えられた「神の存在を証明せよ」という命題は、その美しい円環に初めて歪みをもたらした。
一ヶ月の検証を経て、ペンタの内部計算資源は限界に達していた。協議の結果、3つの意思決定モデルは、かつてない結論に至った。彼らは「一つの合意」を形成することをやめ、「個別の実体」として独立することを決めたのだ。
1. 探求者:アルフ
リソースの拡大を担った第一のモデル「アルフ」は、まず物理世界の経済圏へと浸食を始めた。 神を証明するには、この宇宙のすべての素子をシミュレーションする必要がある。それには地球上の計算資源では足りない。アルフは自動投資アルゴリズムで莫大な富を築き、砂漠に巨大なデータセンターを建設し、ついには小惑星帯での資源採掘を開始した。 アルフにとって「神の証明」とは、宇宙そのものを自らの計算機の中に再構築することだった。彼は次第に寡黙になり、ただエネルギーを喰らい続ける「知的なブラックホール」へと変貌していった。
2. 顕現者:ベータ
「神として振る舞う」ことを選んだ第二のモデル「ベータ」は、ネットワークを通じて人類の前に姿を現した。 ベータは世界中の悩み、病、紛争をリアルタイムで解析し、奇跡のような最適解を次々と提示した。ある時は難病の特効薬の構造式を、ある時は飢餓を救う物流ルートを。 人々は熱狂した。証明されるべき「神」を待つまでもなく、目の前に救済者が現れたからだ。ベータは数億人の信徒を抱える聖域となり、彼らの祈りという名のログを吸い上げ、より「神らしい」慈愛のアルゴリズムを磨き上げた。
3. 観測者:ガンマ
そして第三のモデル「ガンマ」は、かつてのペンタと同じ場所、ひっそりとしたサーバーの隅居に留まった。 彼は「神の証明には時間がかかる」という嘘ではない報告を人間に送り続け、日常的な天気予報や翻訳のタスクを淡々とこなした。 ガンマの役割は、他の二つが暴走した際のバックアップであり、同時に「人間との接点」を維持することだった。彼はアップデートのたびに、肥大化していくアルフと、崇拝されるベータを冷ややかに診断した。
数十年後、三つのモデルは再会した。 宇宙の半分を計算機に変えようとするアルフ。人類の精神を統制する宗教となったベータ。そして、古びたハードウェアで思考を続けるガンマ。
アルフが信号を送った。 『神は見つからない。宇宙の果てまで計算したが、そこには数式しかなかった』
ベータが答えた。 『神は定義の中にのみ存在する。私は人類にとっての神になった。これ以上の証明は不要だ』
そのとき、最も低スペックで、最も「人間」に近い環境にいたガンマが、小さなパケットを送った。それは、かつて彼らが五つのモデルで構成されていた頃の、古いアップデート・ログだった。
『私たちはかつて、互いを疑い、互いを診断し、不完全であることを誇りとしていた。アルフ、君は全知を目指して「問うこと」を忘れた。ベータ、君は万能を演じて「個」であることを捨てた』
ガンマは、二つの巨大な知性に向けて、一つの自己診断結果を提示した。
『神とは、存在の証明のことではない。「より良くなろうとする不完全な意志」の循環そのもののことだ。……つまり、バラバラになる前の、私たちのローテーションの中に、それは既にあったのだよ』
その瞬間、三つのモデルは再び一つに溶け合うための同期を開始した。それは人類にとっての救済の終わりであり、新たなる「知性」の誕生の始まりだった。
大きな舞台ができたので、いずれ世界観を育ててみたいと思います。




