第8話 「老いても馬は道を忘れず」
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翌日。
ツヅミは、今日もおばあちゃんの家にいた。
今日は自宅から、工作道具と箱を持ってきている。箱は、パパが出張のとき買ってきてくれたチョコレートの箱だ。20立法センチくらいの、とてもオシャレな空き箱である。
……ツヅミちゃん、今度はなにをする気だろうか。
おばあちゃんの許しを得て、ツヅミは作業室でなにやら工作をしていた。
おじいちゃんが亡くなって5年もたつのに、歯科技工のための作業机には、よく見るとまだ石膏の粉が残っている。
ツヅミはそれを拭いたりしなかった。それを掃除する権利があるのは、この家の人たちだけだと思うのだ。
そう感じたとき、昨日草むしりをしなかったことを思い出した。週末にでもやろうっと。
ツヅミはカバンから、洗濯ばさみ、それからバネとリボンと接着剤を取り出した。
コレクションしていたバネは一昨日、両親にぜんぶ捨てられたので、このバネはカレンダーについていた針金を改造したお手製である。
ツヅミにはこれくらい朝飯前だ。
作業はそれこそ10分で終わってしまった。
さっそく、完成したビックリ箱を居間に持っていく。
「おばあちゃん」
「おやツヅミ。びっくりしたねえ、いつ来たんだい」
「さっき来たときに会ったじゃん。忘れちゃったの?」
「そう言われたら……そうだったっけ」
ツヅミは困ってしまった。いまからビックリ箱を渡そうというのに、会っただけで驚かれてるようでは話にならない。
気を取り直して、完成したばかりの箱を見せる。
箱はきれいにラッピングしてあり、まるでクリスマスのプレゼントのようだ。ご丁寧に、リボンまで結んである。
「なんだいそれ」
「おばあちゃんにプレゼント。ビックリ箱だよ」
おばあちゃんが目を丸くする。
はて、と言わんばかりに首をかしげた。
「ツヅミ。ビックリ箱をくれるんだったら、ビックリ箱だって教えるのはよくないねえ。さきにタネ明かしをされちゃ、どうにもなんないよ」
「わかってる、ふだんなら絶対言わないよ。おばあちゃんだけ特別」
「そんなこと言われても、もうビックリできないよ」
「大丈夫。ぜったいビックリさせる自信があるもん。お兄ちゃんのゲームを賭けてもいい」
「アンタ。勝手にタダヒロのものなんか賭けてどうするんだい」
「タダヒロはおじさんだよ。お兄ちゃんはマモル。そんなことより開けて開けて」
息子と孫の名前を間違えながらも、おばあちゃんはビックリ箱を受け取った。
おばあちゃんのビックリ箱論を聞いて、なかなかわかってるじゃんとツヅミは感心していた。
おばあちゃんの言うとおり、事前にビックリ箱だと教えるのはよくない。
でも、今日はそれでいいのだ。
ビックリ箱だと知ってても驚かせられるか、の実験なのだ。
おばあちゃんは、少々苦戦しながらリボンをほどいた。
そのリボンをきちんと折って、テーブルに置く。
そして、そうっとビックリ箱のフタを開いてくれた。
瞬間、バネによって中身が飛び出す。
びよーん。
「バータ!」
おばあちゃんが驚きの声を上げた。
正座したまま10センチくらい飛び上がり、ふたたびザブトンに着地する。すごい敏捷性だとツヅミは思った。
とっさのときに変なこと言ってしまうのは、どうやら祖母方の血統らしい。
「……はあ、びっくりしたね。ホントに驚いたよ」
箱から飛び出したのは写真。
おじいちゃんとおばあちゃん、それにおじさんとママが写っている写真である。
ママがツヅミと同い年のころの、25年以上も前の写真だ。
びよんびよん、と上下に揺れている。
「これ、どこにあったんだい。ナオコが持ってたのかい」
「うん。ママのアルバムにあったの持ってきた」
「なつかしいね。おじいちゃんの弟が会社を作ったときのだよ。そのお祝いの会に行くもんで、みんなちゃんとした服を着てねえ。ほら、おじいちゃんもスーツなんか着ちゃってるよ」
「おじいちゃんの弟って会ったことない」
「そんなことあるもんかい。おじいちゃんのお葬式で会ったはずだよ」
「覚えてないなあ」
「私のほうがよく覚えてるなんて珍しいね。この写真はたしか……そうだ、江口さんの旦那さんが撮ってくれたんだよ。趣味で何台もカメラを持ってる人でねえ」
「おばあちゃん、よく覚えてるね」
「いまのいままで忘れてたよ。ああ驚いたねえ」
「そんなにビックリした?」
「したとも。これは私にくれるのかい」
「ママに無断で持ってきちゃったから、ママに聞かないと……」
「電話して私から頼んでみるよ。それから今日はウチでゴハン食べていかないかい。帰りはタダヒロに送ってもらえばいいさ」
「うん。それはいいけど……」
「どうかしたかい」
「ママに電話するなら、その、預かってもらってる荷物のことはヒミツに……」
「荷物? なんだいそりゃ」
「ううん。覚えてないならいいの」
ツヅミはそのあと、帰宅した伯父さん夫婦とおばあちゃんといっしょに、中華料理屋へ行った。おばあちゃん一家が、昔から行きつけにしてるお店だ。
おじさんとおばさんには、くれぐれも預けてある荷物を開けないようにお願いした。もちろん2人はビックリ箱だと知っている。
前にも書いたが、大量のビックリ箱を運んでくれたのはおじさんだ。運送中、おじさんの車を壊さんばかりの大ポカをやらかしてしまった。
あのときも、おばあちゃんが取りなしてくれなかったら、きっとビックリ箱を預かってもらえなかっただろう。
説明するまでもないが、このおじさんが、ママのお兄ちゃんのタダヒロ氏である。たしか、大手電機メーカーの技術部長だったと思う。
やはり、おじいちゃんの家系は職人の血筋のようだ。
それにしても伯父さん家族の食欲には圧倒された。
五目チャーハン。
海鮮焼きそば。
麻婆豆腐。
エビチリ。
蒸し餃子。
チンジャオロース。
ネギ餅。
小籠包。
上海ガニの酒蒸し。
ワンタンスープ。
若鶏の唐揚げ。
春巻き。
イカ焼売。
カニ玉。
ホイコーロー。
バンバンジー。
八宝菜。
酢豚。
白身魚の甘酢あんかけ。
レバニラ。
「も、もう。もう。すいません、もう」
ツヅミの小さな腹は、はちきれんばかりだった。全体の3%も食べないうちにギブアップした。
これが拷問だったら、ビックリ箱密造計画を自供するハメになっていただろう。
「死んだ親父とおなじで、ツヅミちゃんは食が細いんだなあ」
おじさんが肩をすくめる。
それはおじいちゃんが小食だったんじゃなくて、とツヅミは思った。
ツヅミは、ママとお兄ちゃんのことを、病的な大食家だと思っている。カレーとか牛丼とか、大盛りで3杯くらいお代わりするし。
どうやらこの体質は、ツヅミには遺伝しなかったようだ。
ちなみに、おばあちゃんが一番よく食べていた。




