第7話 「馬鹿は隣の火事より怖い」
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炭酸の実験は失敗だった。
友達は怒って帰ってしまったし、ツヅミ自身もあんまりびっくりできなかった。
まず5本のうち、実際は4本がハズレだというトリック。
発想そのものはよかった。
だが1本だけじゃなかったんかい、というどんでん返しは、その事実を知らないからこそ驚けるのだ。
実際、友達4人は驚いていたが、ツヅミは驚けなかった。
いやちがう。
驚いたには驚いたのだ、炭酸のあまりの勢いに。
でもそれは、被害のデカさが想定を超えていたからで、ハズレを引いたこと自体に驚いたわけじゃない。
だって、80%の確率で炭酸が噴き出すって知ってたんだもん。ビックリ箱の命ともいうべきハプニング性が、まったく無かった。
さて……いよいよ難しい。
はたして自分のビックリ箱でびっくりするには、どうすればいいのだろう?
ロシアンルーレットみたいに、自分にもハズレがわからないようにすれば、ふつうに驚けるんじゃないかと思った。
残念ながらそうではなかった。
たしかにドキドキはしたが、それは緊張感と呼ぶべきものであって、決してハプニングによるものではなかった。
そもそも、ドキドキなんかしちゃいけなかったのだ。まったく自然体でいるときに、ワッと驚かされるのがビックリ箱なのだ。
当たりかな、ハズレかな……などと緊張してる時点で論外だった。
炭酸飲料を用いた実験は、残念ながら失敗だった。
しかし、この失敗を次に生かさなきゃいけない。
ツヅミは憂鬱な気持ちで帰宅した。実験に失敗したからではない。明日、みんなになんて謝ろうかと考えてたのだ。
みんなの服を濡らしてしまった。
実害を与えてしまった。
これはツヅミのポリシーに反することだった。自分がはずかしい。
みんな、本気で怒っちゃったかな。
帰ってから家の人に、ツヅミちゃんがと言いつけたかもしれない。そしたら、あたしの家にも連絡が来るかもしれない。
そしたらイモヅル式に、おばあちゃんの家に預けてあるビックリ箱のこともバレるかもしれない。
パパとママはどんなに怒るだろう。
もしも。
想像するのも恐ろしいが、もしも、一生アニメ禁止なんて罰でも下されたら……ツヅミは恐怖した。
沈んだ気持ちで家に着くと、玄関が開いていなかった。ガチャガチャと何度かノブを回すが、カギがかかっている。
「あれ? あ、そうか。今日は木曜だっけ」
ママはパート。
お兄ちゃんはバスケ部の部活動だ。
ツヅミは家のカギを持っていない。その代わり、勝手口のところにある水道メーターのなかに、スペアのカギがあるのだ。
カカトくらいまで伸びた草を踏みしめて、台所の裏手を通り抜ける。
「草ぼうぼうだなあ。そうだ、あとで草むしりしよっかな」
名案だった。
自発的に庭の清掃をすれば、家族への点数稼ぎになるかもしれない。そしたら、ビックリ箱密造や炭酸ゲームのことがバレても、そんなに怒られずにすむのではないか。
「おやつ食べたら、すぐやろっと」
勝手口のすぐ真下。
セメントで均した一画に、鉄製の黒いフタが埋まっている。
いわゆる水道の元栓だ。「量水器」と書かれた鉄板の下に、スペアのカギが隠してある。
しかし困った。
なにしろこのフタ、とてつもなく重い。なのにぴっちり閉じてあるものだから、持ち上げようにも取っかかりがない。
こないだは縁のとこに爪を立てて持ち上げようとして、ひどく痛い目にあってしまった。
あのときさんざん、カギの置き場を変えてくれるようにママに頼んだのに、まだそのままだ。
「これ使えるかな」
ツヅミは落ちていた枝きれを、ほんのわずかなスキマに差しこんだ。そしてテコの原理を用いる。
ぐいっ……やった!
すこしだけフタが持ち上がると、すかさず指をすべりこませた。
うんしょと持ち上げる。
と。
「チュー」
水道メーターのなかにはネズミがいた。
体長5センチくらいの小っちゃいのが、ツヅミを見上げている。なんという、つぶらな瞳か。
「ミ、ミッキー!」
ひっくり返るツヅミ。
できないはずの後ろ回りをしたうえ、三点倒立してから植えこみにブッ倒れた。
「痛い痛い痛い!」
パニックを起こすツヅミをあざ笑うかのように、ネズミはチューチュー鳴きながらどこかへ行ってしまった。
「おごごご、よ、よっこらしょ」
ほどなくして、ツヅミは立ち上がる。
頭についた葉っぱを払いつつ、水道栓からびしょびしょのカギを拾い上げた。
ツヅミの顔は、こぼれるような笑顔だった。
「びっくりしたあ」
最高。
最高の気分だった。死ぬほどびっくりした。
なんの脈絡もないネズミの出現。
まさに、まさにビックリ箱そのものだった!
感動した。
ネズミはべつに、飛び出してきたわけじゃない。ただ水道メーターのバルブに乗っかってただけだ。それなのに、バク宙するほど驚いた。
もしネズミが顔にでも飛び乗ってきてたら、本当に後頭部強打で死んでたかもしれない。九死に一生だった。
実際にはコロコロ転がっただけだったが、ツヅミは宙返りしたとばかり思いこんでいる。
インパクトだ!
中身の強烈さによって驚かす。
こんな方法もあったのか……!
「これはいける……!」
ツヅミの小さな脳内では、新しいビックリ箱の構想がつぎつぎ浮かんでいる。
実験だ。
また新しい実験を行う必要がある。
こないだ見つけたアレが使えないだろうか。ツヅミの心は弾んでいた。
さっそく自室に向かうと、すぐさま計画の準備に取りかかったのである。
ぜんぜん関係ないが、水道メーターのフタが庭から消えている。さっきツヅミが転んだとき、勢いで隣家に放り投げてしまったのだ。
フタはとなりの山下さん宅の池に飛びこみ、泳いでいた錦鯉をたいへんに驚かせた。
このフタが発見されるのは来年春、池の掃除の日を待たねばならない。
ああ、言うまでもないことだが。
ツヅミは草むしりするのを完全に忘れてる。




