第3話 「天才と狂人は紙一重」
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ツヅミがビックリ箱の製作に夢中になったのには、ワケがある。小学2年生のとき、ネットの動画で見て感動したからだ。以上。
それ以来、自分でも作ってみたいと情熱に燃えた。
運のいいことに、学校の図書室で「おもちゃの作りかた」なる本を発見した。そのなかに、ビックリ箱の作りかたが紹介されていたのだ。
ツヅミはそれを何度もくりかえし読み、今日まで試行錯誤を続けてきた。結果、その技術は小学生とは思えないレベルに達していた。
だがビックリ箱というのは、作って終わりの工芸品ではない。
贈答品なのだ。
だれかにプレゼントして、はじめて存在価値が生まれるのだ。
と、ツヅミは思っていた。
実験台になったのは家族だった。
最初のころのビックリ箱は、子どもらしい他愛もないものだった。家族もわざと引っかかってくれたりして、そのたび箱崎家には笑い声が絶えなかった。
去年くらいから箱崎家には、絶叫が絶えなくなった。
ツヅミのビックリ箱は、もはやオモチャの域ではなくなっていた。対歩兵用トラップとでも呼ぶべき次元に到達しようとしていた。
あまりにも巧妙すぎて、どんなに用心しても引っかかってしまうのだ。
あるとき、キッチンのテーブルに不審な箱があった。
ビックリ箱にちがいない。
見つけたママは、2階のツヅミを叱りつけようと台所のドアを開けた。
罠だった。
ドアを開けた瞬間、ステゴサウルスの人形が、廊下から襲いかかってきた。それも音声付きで。グオオオオン!
「わぐな―――!」
よろめいた瞬間、なんとテーブルの箱までもがスポポポンと破裂した。二重仕掛けの480号である。
再度、すさまじい悲鳴。
「ワイリ―――!」
ママの叫び声は、6軒先まで聞こえたそうな。
人間心理のウラをかいた、おそろしいビックリ箱だった。もはや、軍事に転用可能なほどのギミックだった。
悪魔の才能と言うほかない。
ツヅミはその日、ゴリラでも大泣きするくらい怒られた。
ツヅミは悲しかった。
どうして誰も自分のがんばりを認めてくれないんだろう。びっくりするのって楽しいじゃない。
あたしはむしろ、ビックリ箱にひっかかりたいくらいなのに。
みんなに、ビックリ箱で驚いてほしい。
ただそれだけなのに。
それなのに、お、怒られて怒られて……
しかしいまツヅミのなかで、不思議な喜びが芽生えつつあった。
昼間の体験が、あまりにも衝撃だったからだ。
どんなにすごいビックリ箱でも、驚かすことの出来ない人間がいる。
それは製作者本人だ。
ビックリ箱というのは、そうだと知らないから驚けるのだ。事実、ツヅミが自分のビックリ箱に驚いたことなど一度もない。
いや……
あった。
かつて、たった1度だけ。
それは今日と同じく、思わぬハプニングが起こったときにだ。そのエピソードについては、またの機会に解説させていただきたい。
それにしても今日のハプニングはすごかった。お兄ちゃんがビックリ箱に驚き、その悲鳴に自分が驚いたのだ。
まったく予想だにしないタイミングだったので、階段まで踏みはずしてしまった。
そう。
予想だにしないハプニング。
これこそが重要だったのだ。
「楽しかったあ」
あたしのビックリ箱が、お兄ちゃんを驚かせた。
その悲鳴に、あたしが驚かされた。
それは間接的に、
あたしのビックリ箱に驚かされたのと、同じではないか?
そのうえ、新作の665号の作動にも驚いてしまった。ビックリ箱だとわかっているのにびっくりした。
なぜなら、思いがけないタイミングで暴発したからだ。
マジで息止まった。
「驚いたな、うふふ。驚いたなあ」
自分の仕掛けたビックリ箱で、自分が驚く。まるでフグが自分の毒で死ぬような不条理である。
そんなのは不可能なことだ……と思っていた。
今日の昼までは。
今日、たしかにそれは実現したのだ。
お兄ちゃんの協力によって。
ツヅミは兄が誇らしかった。
「あたしも、あたしのビックリ箱で驚きたいな」
そうだ。
これは神さまが、あたしに与えたもうた試練なのだ。
とても眠ってられなかった。
ベッドから飛び起きるや、勉強机に向かう。未使用のノートを広げて、今後の開発計画を一心不乱に書きつけていく。
すべては、自分のビックリ箱で驚くためにだ。
いまツヅミの勉強机には、教科書と学校のドリルしかない。夕方までは、これまで書き続けた製作ノート24冊がならんでいたのに。
ぜんぶ両親に没収されてしまった。
バネや画用紙や、クローゼットに保管してた材料さえも取り上げられてしまった。
自分を愛してくれる両親と兄。
ツヅミは家族のみんなから愛されていた。そして、やさしく穏やかな家族を、ツヅミも心から愛していた。
それなのにビックリ箱のことになると、たちまち状況が変わる。まるで機能不全家族のごとく、まったく会話が通じなくなるのだ。
家族が変貌したのは、去年の春。
ツヅミはバネ仕掛けのビックリ箱ではもの足りなくなり、花火を使うことを思いついた。これをお風呂で実験した結果、浴槽が大破。
修繕に37万円かかった。
それ以来、ビックリ箱の話をしただけでも激怒される。
大好きな家族が、自分の夢を認めてくれないことが悲しかった。
買い集めた材料や、宝物のノートまで捨てられたことに、心が引き裂かれる思いだった。
第三者から見れば、よくその程度で許してもらえたな、というくらい甘い罰なのだが……ツヅミにはそれが理解できない。
ツヅミは泣き出したいのをこらえて、計画ノートを書きつづけた。どうすれば自分のビックリ箱で驚けるのか。
そしてこの夜、ツヅミにひらめきの天使が舞い降りた。
……いや。
舞い降りたのは、悪魔だったのかもしれない。




