最終話 「大山鳴動してゴマは開く」
■ ■
「……貸しなさい」
しぶしぶと、パパが100円を受け取った。
ここを踏んでね、と書かれた踏み板に足を乗せると、台座のなかでギュンと回転音が響く。そして、パカンと募金箱のふたが開いた。
ママとお兄ちゃんは、それだけで「ひっ」と身構えた。
「入れるぞ。さあ入れるぞ」
たかが100円入れるために、気合を入れるパパ。
いよいよ投入口に、コインを落とす。
カラン!
投下された100円玉がハネ車がぶつかり、カラカラと回転する。その回転が5回目を数えたとき、仕掛けは作動した。
ピョコン。
台座の上部に、すこしだけスキマが開いた……と思ったら、棒に貼りつけた「さといにゃん」の人形が現れる。
ウィイイイイイン。
ゆっくり右から左へ移動すると、さといにゃんは、すぐさま台座へ戻っていった。
「おお!」
「あれ、こ、これは……!」
「す、すごい」
感心する3人。
さっきまでの疑心感はどこへやら、素直にツヅミのビックリ箱に驚いた。
「それでは今度は連続でいきましょう。ごらんください!」
ツヅミが10円玉を3枚を入れた。
カランカラン、カラン!
パカン。
車輪が何回転もして、台座がまた開く。
しかし、さっきとは動きがちがう。
今度開いたのは、台座の裏だ。
さといにゃんのパネルが、募金箱の裏からニュッと現われる。なんと、さといにゃんが右手を振っているではないか。
「うお!」
「ずがい!」
「ぎふ!」
ふつうの悲鳴を上げたのはパパしかいない。だがそのときにはもう、パネルは台座のなかへと消えていた。
「すごいぞ、ツヅミ!」
「やっぱりおじいちゃんの孫ねえ」
「へえ、大したもんじゃないか!」
大喝采。
みんなが拍手をする。
「えへへ、そうかなあ」
ツヅミは嬉しかった。
家族が自分の工作物をほめてくれるなんて、もう何年ぶりだろうか。この数年、ガチギレされてばかりだった。
「なあ、これって何種類の動きをするんだ?」
「えへへ、やってみてのお楽しみ」
お兄ちゃんの質問に、ツヅミは笑ってはぐらかす。
「こいつ! じゃあ試してやるか」
机の上にあった50円をつかみ、お兄ちゃんもペダルを踏む。
パカン。
開いた投入口に、チャリンと投げ入れた。
すると……
カタン!
台座の前面の一部が、窓のように開く。
もちろん自動でだ。
そして、鳩時計のように、さといにゃんが現われる。
―――と、ツヅミも思っていた。
「チュー」
ネズミが現われた。
こないだ水道の元栓のとこにいたアイツだ。
ひとまわりデカくなって、再登場。
あろうことか、募金ありがとうのタスキを肩にかけているではないか。
さといにゃんから奪い取ったらしい。
誇らしげに、タスキを見せびらかしている。
「うぎゃあ! ネズミだ!」
「ダイニング!」
「グーデリア!」
「アカンパニー!」
4人4様の絶叫。
まるでしりとり……大パニックになった。
ベッドに、机に、本棚に、クローゼットに、家族全員が飛び乗るわ、体当たりするわ。
まさに七転八倒。
まさに狂騒曲。
まさにスマブラ。
もうメチャクチャ……
家が揺れる。
比喩じゃなく、ガチで。
チューチュー。
ネズミは縦横無尽に走り回り、いちばん近くにいる人間を追いかける。まるで楽しんでるかのようだ。
「どえええ!」
「タイミー!」
「エミリア!」
パパとママとお兄ちゃんが部屋を飛び出した。
「ひゃあ待って!」
「待てるか!」
置いてかれるツヅミ。
しかしなんということか、ネズミも廊下へ出ていった。当然のように3人を追う。
「ぎゃあ!」
「ぬええええ!」
「来るなボケ!」
どたどたどた!
家族が叫びながら階段をかけ降りていく。
「あ、しめた!」
バタぁン!
ツヅミがおもいきりドアを閉める。悪魔は去った。
「へー、へー、へー」
感心しているわけではない。
ツヅミは息を切らせている。
「ああ、驚いた」
ああ、またトラブっちゃった。
いつのまにネズミが入りこんだんだろう、ぜんぜん気づかなかったなあ。
ぺたんとフローリングに座りこみ、自室を見渡した。
あまりにもすさまじい惨状に、言葉が出てこない。
667号はひっくり返り、アクリルの蓋が割れている。
夕方に塾へ提出するはずの宿題ノートは、びりびりに破れていた。図書館で借りてきた本も、無残にまっぷたつだ。
カーテンは引きむしられてるし、鉛筆削り器が転がって、床が削りカスだらけだ。
なんか台風のあとみたい。
のろのろ立ち上がり、ドアノブに手をかける。
外はどうなったかな?
ゆっくりとドアを開く。
と!
ドアの裏から、ネズミが飛びこんできた。
「チュー」
3人を追うのに満足したのか、また部屋に戻ってきたらしい。
ちょん。
ツヅミの足にしがみつき、キョトンと小さな瞳で見上げてくる。
1秒。
5秒、ツヅミとネズミは見つめあい……
「うふ」
笑う。
ツヅミが、小さく笑みをこぼす。
「うふふふ」
「チュ」
首をかしげるネズミ。
「そんなんじゃ、あたしビックリしないもんね」
■ ■
ギリシア神話に『パンドラの箱』の伝説がある。
あらゆる災厄が詰まった箱を、パンドラは開けてしまった。
そのとたん、箱からは病気、貧困、戦争など、あらゆる災いが飛び出したという。
あわててパンドラは箱を閉じたが、そのときにはもう災厄は世界中に広まっていた。
だが、箱の中にたったひとつ残っていたものがある。
それは希望だ。
ツヅミが思うにパンドラの箱とは、人々の心なのではあるまいか。
この世界に悲観と絶望を撒き散らす存在がいたとしても、ひとりひとりの希望を奪うことは決してできない。
なぜなら希望は、きっと箱のなかに残ったままだからだ。
ただそれ、災いの箱を開けたことの言い訳にならないけどね?




