第26話 「帯に短し、恋せよ乙女」
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かくしてツヅミとママは、1泊2日の禅寺修行を終えて帰宅した。
いきなりふたりが家から消えたもんだから、パパとお兄ちゃんは、昨日からパニックになっていた。だってスマホにかけても留守電だし、ラインは既読にならないし。
もし禅寺から連絡が来なかったら、警察に捜索願いを出していただろう。
「だまって家を空けてごめんなさい。それより、ツヅミのビックリ箱づくりを許してあげてほしいの」
帰宅したとたん、どういうわけか、ツヅミの味方をするママ。話の前後がぜんぜんつながってないが、ママはとても真剣な顔だった。
こうなるとパパもお兄ちゃんも、しぶしぶ認めるしかなかった。
そして、パパとママの監視のもとで……という条件でだが、市役所から依頼されたビックリ箱の製作が許されたのである。
正確に言えば、依頼されたのは募金箱の作成なのだが、この場合はどっちでもいいだろう。
ツヅミは感謝していた。
神様に感謝していた。
自分のビックリ箱が、とうとう社会の役に立てるのだ。
それから、しばらく日後。
しばらく日が経過した。
いまツヅミの部屋には、おじいちゃんの作業机が置かれている。
おばあちゃんがくれたのだ。
武骨で巨大で、女の子の部屋にはふさわしくないけれど、ツヅミは死ぬほど感激した。うれしいことに、備えつけの蛍光灯がLEDに交換されていた。
「うぎゅうぎゅ……ここをこうして、と」
さっきからツヅミは、なにやら難しそうな本を参考に、ヘンテコな部品を組み立てている。
小学生が、よくもこんな複雑な作業をテキパキとこなせるものだ。
机はもう、すっかりツヅミ専用にカスタマイズされている。
改造したのは、もちろんツヅミ自身だ。
宿題もここでするし、勉強もここでする。
不思議なもので、この机を使うようになってから、ツヅミの成績はすこしずつ上がっていった。
もちろん工作もここでする。かつて歯科技工の道具でいっぱいだった引き出しは、もう勉強道具と工作部品でいっぱいだった。
ほんの2冊だけ、大人向けの恋愛マンガを隠してあるのは家族にもヒミツだ。
ツヅミは燃えている。
情熱に燃えている。
急がねばならない。
だってこのあと、学習塾に行かねばならないのだから。
当り前だが、ツヅミの罰が無くなったわけではない。今後もビックリ箱を作るうえで、両親から次の条件を出された。
① 完成したビックリ箱は、パパとママのチェックを受けること。
② 使用する際は、その目的と設置場所を明らかにすること。
③ 自室以外での製造を禁ずる。
④ 不定期的に自室の立ち入り調査を受けること。
⑤ 学習塾に週3日通い、勉強を優先すること。
⑥ 月1回、家族全員でボランティア活動に従事すること。
最初に提示された罰とくらべれば、はるかに軽い刑と言えよう。いや、ビックリ箱の製作を許されたんだから、ツヅミはなんの異議もなかった。
というわけで、ツヅミは学習塾の宿題を終えてから、空いた時間でビックリ箱作りを進める毎日である。だらだらネットを見る時間など、もう完全になくなっていた。
ツヅミはそれでも満足だった。
というか、なんか以前よりも毎日が充実してるから不思議だ。
「でけた! でけたでけた!」
ついにビックリ箱667号は完成した。
自信作の募金箱である。
なんというか、えらいデカい。
大まかに言うと、上下ふたつの箱で出来ている。
まず上が募金箱のようだ。
すべての面が透明のアクリル板で、なかのお金が目視できるようになっている。
本来、募金箱とは中身が見えるべきだった。その反省を踏まえ、市役所から透明の募金箱をもらってきたのだ。
しかし、下の箱はなんだろう。
箱というか、まるで台座だ。腰の高さくらいある台座のうえに、さっきの募金箱がガッシリと固定されている。
ところでこの募金箱、お金の投入口が無い。
台座の下部には踏み板があり、これを踏むと、募金箱の上蓋が開く。お金の投入口は、そこに隠されているのだ。
つまりペダルを踏んでもらわないとフタが開かず、お金を入れられないようになっている。
その理由は、あとで説明させていただこう。
まずは、投入口のほうから解説したい。
投入口の真下には、回転車みたいな部品がセットされている。
透明の募金箱だから、この回転車は外から丸見えだ。
さて。
ここに硬貨や紙幣が入れられると、当たり前だが回転車にぶつかる。つまりお金の落下で、回転車がかならず回るわけだ。
この回転の角度によって、台座の装置はいろんな動作をする。
360度回転すれば、パターンAの動作。
180度、つまり半回転なら、パターンBの動作。
25度以下の回転なら、パターンCの動作だ。
パターンAの場合、台座の前面が開き、市のゆるキャラ「さといにゃん」が飛び出すしかけだ。
市の名産、サトイモとネコが合体した化け物である。
さといにゃんの人形には、募金ありがとうのメッセージカードを持たせてある。人形がお礼のメッセージを見せて、1秒後にまた台座へ戻る仕組みだ。
この動力は、前述の踏み板によって蓄えられる。
ペダルが踏まれるたびに、台座のなかのゼンマイが巻かれる。チョロQみたいなおもちゃと、まったくおなじ仕組みだ。
蓄えられたゼンマイの力で、さといにゃん人形を登場、退場させる構造である。
これが投入口に、フタをかぶせた理由だ。
動力源のペダルを踏んでもらうために、あえて投入口を隠したのだ。
募金するには、フタを開ける必要がある。
そのフタを開けるには、ペダルを踏まねばならない。
そのペダルは、フタを開けるついでに、ゼンマイも巻くというわけだ。
悪い言いかたになるが、募金者は、お金といっしょに運動エネルギーも寄付することになる。
良く言えば、動力に電気を使わないので、とてもエコロジーだ。
さすがに透明の募金箱に、ビックリ箱のしかけを入れることはできない。だからその下に台座を置いて、そこに動力装置を隠すことにしたのだ。
それから、紙幣の問題にも注目した。お札の軽さによる作動不良には、666号でさんざん痛い目を見せられたからだ。
なにより、せっかく大金を入れてくれたのに、それが原因でビックリ箱が誤作動するのでは申しわけない。
そこで作動スイッチを、車輪の回転距離に応じるようにした。
この構造なら、1円玉でも1万円札でも、かならずなんらかのギミックが作動するわけだ。
ツヅミワールド全開の、667号である。
「パパ、ママ、お兄ちゃん! 来て来て!」
階下の家族を大声で呼ぶ。
やがて1階から、パパとママとお兄ちゃんがやってきた。
「……はあ……」
「ふう……」
「…………ちっ」
ツヅミのはしゃぎように対し、家族の冷ややかな反応よ。667号を見た家族は、大いにため息をついた。
たしかに完成したビックリ箱を検閲する約束だが、べつに好きで見たいわけじゃない。なんだったら、永遠に完成しなくてよかったのに。
みんなの冷たい目が、そう語っているようだった。
「これに俺の進退がかかってるわけか。見るのもイヤになる」
「なにもこんなバカでっかい……まさかガソリンは使ってないわよね」
「いまのうちに家中の小銭入れてブッ壊せばいいんだ」
さんざんな批評。
とくにママはこの数日、ビックリ箱づくりを許したことを心底後悔していた。
「それではご覧ください。この100円玉で実験していただきましょう。どなたかお願いできますか」
ハイテンションのツヅミは気にも留めない。
マジシャンのように、お客さんたちに協力を願い出る。だがツヅミの差し出した100円玉を、誰も受け取ってくれない。
「どうされましたか。ど、どなたか……」
誰も受け取ってくれない。




