第22話 「人間万事、塞翁が馬」
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「つづいてのニュースです。おととい、○○市の駅前で、連続ひったくり犯が逮捕されました。逮捕の決め手となったのは、付近の小学生が携行していたビックリ箱でした」
ニュースを見た箱崎家の4人は、全員ズッコケた。
いや事件のニュースはともかく、募金活動してるシーンまでテレビに映っているではないか。
それも動画で!
みんなの顔にはボカシが入れられてたものの、誰がどう見てもツヅミたちだった。いったい誰が撮影を……?
どうやら歩道橋の上から、たまたまスマホで撮影してたひとがいたらしい。ひったくり犯逮捕の決定的瞬間、と面白がって動画サイトに投稿してしまったようだ。
666号の爆発する様子から、ひったくり犯が転倒する場面まで、全国に報道されてしまった。
ツヅミも家族も焦りまくった。
これではもう、知らん顔のしようがない。
なによりツヅミは、これ以上の注目に耐えられなかった。
月曜日に学校に行くのがとても気まずく、怖くてしかたなかった。
みんなに嫌われてたらどうしよう。
これからクラスで仲間外れにされたらどうしよう。
自業自得とは言え、ツヅミは生きた心地がしなかった。
お願いだからもう、ほっといてほしかった。
そして月曜日。
ツヅミは怯えながら登校した。この巨大な校舎で、卒業まで孤立するようなことになったら……ツヅミは涙がこぼれそうになった。
だが、学校に着いて驚いた。
みんな好意的……いや、熱狂的に迎えてくれたのだ。クラス外からも、ツヅミを見ようと生徒が集まってくる。
心配してたのとまるっきり逆の反応に、ツヅミのほうが困惑してしまった。
みんなの話を聞いて、また驚いた。
おととい、つまり募金活動の日に引ったくりにあったのは、2組の山野くんのお母さんだというのだ。山野くんが募金活動をしている商店街へ向かう途中、例の犯人にバッグを盗まれたらしい。
そればかりか、ほかの生徒の保護者にも、ひったくりにあった被害者はいた。ひどいもので、3年生の谷口くんのおばあちゃんは、バッグを盗まれたうえ転倒してケガまでしたそうだ。
おばあちゃん子のツヅミは、聞いただけでカッとなった。
そのため犯人逮捕の功労者、と警察が発表してくれたおかげで、ツヅミがみんなに責められることはなかった。
むしろ、お手柄とほめられてしまった。
班のみんなは、テレビに映れたと嬉しがってる始末だった。
それでもツヅミは、班の募金活動を台無しにしてしまったことを何度も謝った。いや、当たり前である。
結果的には、あのときひったくり犯が通りかかってくれたおかげで、ツヅミは助かったと言える。思いがけず犯人逮捕に貢献したことで、かろうじてツヅミは、大目に見てもらえたと言うべきだろう。
災い転じて福となったわけだ。
ただし、ビックリ箱の件。
たとえ、ひったくり犯の逮捕の一件がなかったとしても、
たとえ、ニュースに取り上げられることがなかったとしても、
ツヅミを集団で糾弾するような子は、石原教諭のクラスにひとりもいないと断言しておく。
そして翌日。
火曜日。
ブレザー姿のツヅミと、学生服のお兄ちゃんが、警察署のロビーにやってきた。
取材陣や警察関係者にかこまれ、さすがのツヅミもガチガチに緊張していた。署長さんから、直々に感謝状を渡される箱崎兄妹。
その瞬間、いっせいにカメラのフラッシュが光る。
「みゃご!」
ツヅミはまぶしさに悲鳴をもらしたが、お兄ちゃんは神妙な顔で感謝状を受け取っていた。
お兄ちゃんは、あの日からまったく口を聞いてくれなかった。今日も警察署までパパに送ってもらったが、車のなかでもぜんぜん話しかけてくれなかった。
ツヅミは怖くて悲しくて、謝ることもできずにいた。
けど、取材のなかで。
「妹さんは、ふだんからビックリ箱を作ってるんですか?」
「ウチにいっぱいあるんで、ぜんぶ警察に押収してほしいです」
お兄ちゃんのジョーク。
記者たちから、笑いが起こった。
新聞社のカメラマンさんに促され、ツヅミとお兄ちゃんが並んで感謝状を見せる。
はいチーズ。
バシャンとフラッシュが光る。
「ひゃど!」
「みゃご!」
「まぶしいな」
「うん、まぶしい」
「感謝状、落とすなよ。俺が持ってやろうか」
「ううん。自分で持つ」
「そうか」
「うん」
もう、ふだんと変わりないお兄ちゃんだった。
ツヅミは、うれしくてうれしくて……
感謝状はその日から、キッチンの壁に飾られている。
もちろん、ふたつ並べて。
よかった。
本当によかった。
ギリシア神話に『パンドラの箱』の伝説がある。
あらゆる災厄が詰まった箱を、パンドラは開けてしまった。
そのとたん、箱からは病気、貧困、戦争など、あらゆる災いが飛び出したという。
あわててパンドラは箱を閉じたが、そのときにはもう災厄は世界中に広まっていた。
だが、箱の中にたったひとつ残っていたものがある。
それは希望だ。
ツヅミには、たしかに希望が残されていた。
希望は1週間後にやってきた。
……あるいは、それは絶望だったのかもしれない。
いや、率直に言おう。
やってきたのは絶望だった。




