第14話 「人事を尽くして天命を待つ」
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放課後。
ツヅミは誰にも見つからないように、隠れていたトイレを出た。そろりそろりと向かったのは、募金箱が保管されている教室だ。
なかに誰もいないことを確認しつつ、ツヅミは教室に侵入した。
視聴覚室のとなりにある、ふだん使わない空き教室。いまこの部屋には、長机が10台置かれ、みんなが作ったばかりの募金箱がズラリと並んでいる。
ツヅミは自分の募金箱を手に取ると、しずかに床に置いた。
そしてフタを開け、裏側に取りつけたチェーンを取りのぞく。
せっかくみんなが褒めてくれた工夫だったのに、けっこう大胆にもぎ取ってしまった。
続けてツヅミは、スポーツバッグを開けた。
なかから出てきたのは……なにやら形容しがたい姿をした装置。
そう。
悪魔の666号、その機関部だ。
まっすぐな金属の筒。
その下部は、8つに分岐している。まるで寸胴のタコみたいに見えるが、そこには、大小さまざまなバネが取りつけられていた。
チャリン♪
ツヅミは、筒のてっぺんに10円玉を入れてみた。
金属の筒が、チャランチャランと音を立てる。
チャランチャランチャラン……♪
バシン!
いきなりバネのひとつが飛んでいった。底の突起に引っかけてあったバネが、すべり落ちてきた10円玉の衝突で外れたのだ。
「ふむふむ」
ツヅミはなにごともなかったように、バネを拾いに行く。そして、ふたたび突起に引っかけた。
新たに10円玉を取り出し、筒に入れてみる。
チャランチャランチャラン……
バシン!
バシン!
「うきゃん!」
なんと今度は、まったく別のバネが外れたではないか。
それも、ふたつ同時にだ。
さっきとおなじ手順、おなじ場所に、おなじ金額を入れたのに、装置はさっきとぜんぜん違う反応をしてみせた。
これが666号だった。
コーヒー仮面危機一髪のおもちゃに着想を得た、完全にランダムな動作をする装置である。
煙突を思わせる筒の内部には、無数のデコボコがある。
ここに硬貨を入れると、落下しながら凹凸にはげしくぶつかって、チャランチャランとけたたましい音が鳴る。
そのたびに硬貨は激しく回転し、やがて底に到達するわけだ。
しかし筒の底は8つの交差点に分かれていて、①~⑧、どの分岐にコインが滑りこむかは予想できない。
硬貨の重量、枚数、回転の勢い、ぶつかる角度や回数によって波乱万丈の落下となり、それが最終的な到達場所をランダムにするのだ。
もうおわかりだろう。
8つのゴールのどこにコインが落下するかで、666号はまったく異なる反応を見せるわけだ。
ツヅミの工夫は、それだけではない。
硬貨のゴールに、さらに当たりとハズレを設けたのだ。
すなわち、バネAを解放するゴール。
バネBを解放するゴール。
バネAもBも解放するゴール。
バネCを解放したあと、遅れてバネDも解放するゴール。
そして、なんの反応も起こさないゴール。
バネを仕込んでいない通路も4つ作った。
当り前だが、ここにコインが到達しても、666号はなんの反応もしない。つまり硬貨を投入しても、50%の確率でなにも起こらないわけだ。
逆に言えば、50%の確率でなにかが起こる……!
「急がないと急がないと。ふうふう」
ツヅミは大あわてで募金箱を改造しはじめた。きれいに飾った箱にカッターナイフを入れ、分解し、箱の中央に666号を備えつける。
つづけて各バネにヒモを結ぶと、ぬいぐるみ、紙吹雪、クラッカーなどを連結していく。
これがまた、ものすごい量だ。いったいどうやって収納するのか、というほどの量を、いともたやすく収納していく。
まるで四次元ポケットだ。
そして、なんという技術だろう。
バラバラになった外装が、みるみる元どおりに修復されていくではないか。
666号とギミックを封じこめ、たちまち募金箱はもとの姿に復元されてしまった。もう、どこをどう分解したのかすらわからない……
この間、わずか14分。
魔技である。
「でけた!」
完成した募金箱を、そうっと長机にもどす。
置き忘れた道具が無いか、床を入念に確認して、ツヅミはようやくランドセルを背負った。
さあ、はやく下校しないと先生に見つかってしまう。
ドアを閉める前に、教室の様子を眺めてみた。夕日が窓から差しこみ、ずらり並んだみんなの作品がオブジェのようだった。
まさかこの募金箱群のなかに、たったひとつビックリ箱が混ざってるとはだれも気づかないだろう。
「おほほほほ」
ツヅミは嬉しかった。
帰り道、おもわずスキップしてしまう。そのくらい嬉しかった。
かつて、今日ほど楽しい図工の時間があっただろうか。自分がいかに先生とクラスメートに恵まれていたのか、はじめて実感できたのだ。
ツヅミは幸せだった。
あたしはみんなが好き。
だから募金活動の日にも、ビックリ箱で驚かせてあげる。
募金してくれた人も驚かせてあげる。
それがあたしに出来る、せいいっぱいの社会奉仕だ。
……ツヅミはブレない。
怖いほどに。
ツヅミの思考回路は、いまこうなっている。
・自分のビックリ箱で驚きたい。
↓
・じゃあ募金活動に便乗しよう。
↓
・みんなも喜んでくれるはず!
666号の唯一の欠点。
それはコイン投入時に、鈴が鳴るような音がすることだ。
筒のなかを硬貨が落下するため、どうしても金属音が鳴り響いてしまう。
チャリンチャリンと。
あまりにも不自然なので、カモフラージュのつもりで鎖のしかけを作ったのだ。そして、あえてみんなに見せた。
金属音が鳴るのは、このチェーンのせいですよと。
しかし単なる偽装のつもりが、思わぬ好評を得てしまった。
それどころか、みんながマネしたいと言ってくれた。
予定外の事態に、ツヅミはとても驚いた。
同時に、心から嬉しかった。
みんなが自分の発明に驚いてくれたことが、とても嬉しかった。だから募金活動当日、自分の最高傑作で、もっとみんなに驚いてほしかった。
あたしも驚く。
みんなも驚く。
募金してくれた人も驚かせる。
みんなから与えてもらった驚きを、今度はあたしがみんなに返すんだ。
ツヅミは胸に熱いものを感じた。
情熱は、家に帰っても冷めることはなかった。
帰宅するやツヅミは、一心不乱に草むしりをはじめた。
こないだ、やろうと思ってすっかり忘れてた。爆発寸前のエネルギーは、庭の草をすべて抜いてようやく治まった。
ところで不思議なことに、水道メーターのフタが無くなっていた。
どこに行ったんだろう?
夕飯は、ミートスパゲッティとエビフライだった。自発的に草むしりをしたので、感心したママが大好きなメニューにしてくれたのだ。
おまけに、パパが仕事の帰りにシュークリームを買ってきてくれた。
幸せだった。
まるで666号の成功が、すでに約束されているような気持ちになった。ツヅミは金曜日が待ちきれない気分だった。
そして、金曜日。
募金活動の日はやってきた。




