第13話 「我以外、皆、我が師」
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チャランチャランチャラン♪
チャリン♪
なぜか音を奏でる、ツヅミの募金箱。
10円銅貨1枚しか入れていない箱が、なぜ音を鳴らすのか。
騒がしかった教室が、しんと静まり返る。
石原先生も、えっ、と驚いた顔で固まっていた。
すると―――
「わっ、すごい」
「いまのなに?」
みんなが、いっせいに注目する。
ツヅミが箱のふたを開くと、そこには細いチェーンが4本ぶら下がっていた。チェーンは硬貨の投入口、つまりフタの裏に接着されている。キーホルダーの部品かなにかだろうか。
お金が入れられると、鎖4本に密着しながら落下して、チャラチャラと音を鳴らす仕組みらしい。
さらに鎖のおしまいには、小さな鈴まで取りつけられていた。まるで、神社の鈴を逆さまにしたような構造だ。
しかも4本とも微妙に長さが異なるため、それぞれのチェーンが独立して揺れている。これが音響効果を高めているらしい。
「す、すごい」
石原先生も感心する。
大人が見ても、驚くべき構造。なんというか、自分もお金を入れてみたくなる。
ちょっと私にもやらせてほしい……と、石原先生が10円玉をつかもうとしたときには遅かった。
なんと、クラスの全員がツヅミの箱に殺到してきた。
「すごいや。これってどうやったの?」
「いいなあ、いいなあ」
「私も10円入れていい?」
「へ? う、うん。ど、どうぞ」
クラスメートの意外な反応に、ツヅミはうろたえる。
な、なに?
みんなどうしたの?
僕も私もと、みんなが10円玉を入れはじめた。これではまるで、アトラクションの順番待ちではないか。
何度も何度も、美しい音が鳴る。
チャリンチャリンチャリン♪
チャリンチャリン♪
箱を壊しかねないほどの人気……もう先生の順番は回ってこないだろう。
「え、あの、みんな?」
クラスメートたちの食いつきに、むしろツヅミのほうが驚いていた。
「ツヅミちゃん、これ真似していい?」
「この鎖ってどうしたの? 買ったの?」
「え、こ、これはその、おじいちゃんのお仕事場にあったやつ。引き出しに入ってたのをもらったの。鈴は、ぬいぐるみについてたやつを……」
とまどいながら、ツヅミは作品の解説をはじめた。
しどろもどろになりながら。
ツヅミの作品が注目を集めるのは、いつものことだ。
水彩画も紙粘土も彫刻刀も、ツヅミはなにをやらせても上手だった。すごいすごいと驚かれるのは、もう当たり前だった。
でも、みんなに喜んでもらえたのなんて初めてだ。
いいや。
やりかたを教えてとお願いされたことなど、かつて一度もなかった。
「音が鳴る工夫なら、なんでもいいと思うよ。たとえば……」
ツヅミは説明をしながら、かつてない感動を覚えていた。
みんな、こんなに図工が好きだったんだ……!
みんなの純粋な好奇心はどうだ。
たしかに技術はツヅミに劣るかもしれない。
たしかに発想はツヅミに及ばないかもしれない。
だが上級者の、すなわちツヅミの作品を素直に称賛し、教えてほしいと集まってきた。
ツヅミが、コーヒー仮面危機一髪に学んだようにだ。
工作への情熱に、ツヅミとどんな違いがあろうか。
「うぎゅう。ぬすう」
ツヅミは自分が恥ずかしかった。
図工を得意科目だなんて言ってた自分が、恥ずかしくてたまらなかった。
みんなの作品や腕前をバカにしてしまったことを、心から恥じた。
みんな、やる気がないから下手なんだと思っていた。
上達しようという熱意が無いんだと思ってた。
ちがう。
ちがった。
ツヅミのほうこそ、学校の図工をただの作業だとしか考えてなかったのだ。どうせ自分の作品がいちばん優れてると、ひとりで思いあがっていた。
みんなのアイディアを参考にさせてもらおうなど、考えすらしなかった。
ツヅミは自分が恥ずかしかった。
「鎖じゃなくっても、画用紙でもいいと思うよ。すべり台みたいにして、お金が乗っかったら、ウチワみたいに弾むみたいにするの。そこに鈴をつけたら、びよんびよんのチリンチリン……」
これでもかと擬音を使いながら、みんなにアイディアを提供するツヅミ。
一度提出した募金箱だったが、先生にお願いして、手直しを許してもらった。
そして、みんなの募金箱も、熱心に観察させてもらった。
ミサトちゃんが持ってきた折り紙の本を見せてもらい、みんなでデコレーションのアイディアを出し合う。
誰が誰のマネをしてもいい。
上手下手を競うことなど、まったくなかった。
そして5年1組の30人が、各自の募金箱を完成させた。どれも一切の手抜きの無い、すばらしい作品ばかりだった。
うれしいことに、クラスの全員がツヅミの工夫を取り入れてくれた。あの音が鳴る工夫をだ。
しかし、おなじものなどひとつもない。
ケンジくんの、背丈とおなじ長さの募金箱。
高見さんの、かわいらしい小箱の募金箱。
南原くんの、世にも珍しい星型の募金箱。
いずれも、100点満点を与えられるべき作品ばかりである。
ツヅミの募金箱も、はじめの状態とは見違えるばかりだ。
藍色、水色、群青色、エメラルドブルー、さまざまな青色の模造紙をちぎって、グラデーションの模様が描かれている。
おじいちゃんの作業机にあったタバコのパッケージから着想を得たものだ。
曲線を描くように貼られた紙片は、中央へ行くほど濃い青色になっていく。
まるで海の水深が深くなっていくようなイメージだが、これは一種のトリックアートだ。
遠目に見れば、平面上に奥行きがあるように見える。いわゆる、目の錯覚の応用である。
たくさんの寄付金を入れてもらいたい、そんな願いをこめて作った。
いままでツヅミが手がけた工作物のなかで、もっとも美しい作品と言えよう。
募金箱とともに、今日、ツヅミも変わった。
みんなでおなじ目的のために知恵を出しあうことの、なんと楽しいことか。世界が広がった気分だった。
「それじゃあみんな、今日は募金箱を空き教室に置いてから帰ること。募金活動は金曜日なので、明日から休み時間を利用して、さらに工夫してもかまいません。わかりましたか」
はい。
はーい。
終礼をし、その日はみんな、揚々とした足取りで帰宅していった。みんな募金活動の日を楽しみにしていた。
いや。
帰宅したフリをして、トイレに残っていた者がいる。
誰あろう、我らがツヅミだ。




