第12話 「才余りありて識足らず」
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月曜日。
ツヅミは、大きなカバンを持って登校した。お兄ちゃんに借りたスポーツバッグである。
お兄ちゃんが小学生のころに使ってたものだが、ツヅミにはすこし大きすぎるようだ。
「ほん、ほん、ほん」
本を探しているわけではない。バッグが重くて、息を切らせているのだ。
言うまでもないことだが、バッグには昨日完成させた666号が入っている。だがそれだけではない。空き箱や、工作の道具がいっぱい入ってるのだ。
ツヅミはこんなものをどうする気だろうか。
おや?
ほかの登校児たちにも、大荷物を持っている子がちらほらいるではないか。ツヅミとおなじ、5年生の子たちだ。
どうやらみんなの荷物も、箱と工作道具らしい。なかには、箱そのものを抱えている子もいる。
いったい何事だろうか?
その日の、5時限目の様子を見てみよう。
「みんな、家から箱は持ってきましたか」
教壇に立つ若い女性教諭が、5年1組の生徒たちに質問する。
はーい。
はーい。
30人の子どもたちが返事する。そのなかにはツヅミもいる。女性教諭……以下、石原先生と呼ぼう。
石原先生が課題の説明をはじめた。
「こないだの学年集会で説明したように、今週の金曜日は募金活動の日です。社会の活動に役立ててもらうために、みんなで寄付のお願いをします」
はい。
はーい。
「今日の図工は、そのための募金箱を作ります。各自、自由に工作するように」
そう。
この市では毎年この時期に、地域の小学5年生たちが募金活動を行っている。
駅や市役所、商店街やショッピングモールなど、約40か所にわかれて寄付のお願いをするのだ。
自治体や企業の協力を得ての、大規模な課外活動である。
ツヅミの小学校では、子どもたちがひとりひとり、自作の募金箱で寄付を呼びかけるのが恒例だ。もう40年以上つづく伝統行事である。
子どもたちが持参した箱を見せ合い、自分の考えた工夫を自慢しあう。
僕は折り紙を貼るんだ。
私は箱を3つ重ねてみるの。
オレなんか、一斗缶を改造するんだぜ。
じつに子供らしい発想、おもしろい構想が教室内で話し合われる。やがてみんな、和気あいあいと製作に取り組みはじめた。
ツヅミはその楽しげな会話に、まったく加わらない。
だって意味ないから。
いつものように、さっさと作業を終わらせにかかった。ツヅミはやれやれと首をふる。クラスのみんなの話を聞いて、アクビが出る思いだった。
「くにゃーの」
本当にアクビが出た。
ツヅミは不思議だった。
音楽、算数、体育……どの科目も、自分は平均点くらいしか取ったことがない。なのに図工だけは、自分の成績だけ飛びぬけている。
いったい、なんで?
……理由もなにも。
そりゃツヅミにとっては、小学校の図画工作なんか、お遊びみたいなもんだからだ。
ようするにツヅミは、自分の工学の才能を自覚していないのだ。だから同級生の工作能力の低さが、不思議でしかたなかった。
そして、なんとなくひとつの結論に至った。
みんな、真面目にやる気がないんだな。
だったら、あたしも真面目にやらなくていいよね。
学校の授業は、図工がいちばん得意で、いちばん嫌いだった。
幼稚すぎて、やってられなかった。
「うわっ、ひええ……」
となりの席の宮原くんを見て、おもわずツヅミは悲鳴を漏らす。
宮原くん、ボール紙にカッターナイフを突き立てているが、危なっかしくて見ていられない。
お金を入れる穴を空けるのに苦心しているようだが、あんなのツヅミだったら2秒で終わるだろう。
サッカーをしてるときの宮原くんはすごくカッコいいのに、あんな作業にモタモタする姿を見せられると幻滅してしまう。
よそ見をしながらも、ツヅミの作業は誰よりもはやく正確だった。首に下げるためのヒモを取りつけ、お金の投入口も、あっという間に作ってしまう。
ツヅミが持参したのは、商店街にあるスポーツ用品店の箱だ。バスケ部のお兄ちゃんが、なにかの用具を買ったときの箱である。
わりと頑丈なボール紙の箱だが、ツヅミはさらに内側から補強してみた。募金箱に使うには、申し分ない強度になった。
もう完成してしまった。
ただし、全体を模造紙でくるんだだけの、とてもさみしい外見だ。
みんなは折りヅルを貼ったり、銀紙を貼ったり。
お金の投入口を、1円玉用や100円玉用など、いっぱい空けてみたり。
吉田くんなんか、千両箱みたいな外見にするようだ。
とてもユーモラスだ。
キリちゃんは、夕張メロンの箱を使うらしい。夕張の「張」の縦棒にそって穴を空けているのは、投入口を、あえてわかりにくくする趣向だろう。
みんなそれぞれ、デコレーションを凝らしている。
じつに小学生らしい、楽しい工夫ばかりだ。
「わーぷあ」
ツヅミはため息が出た。
周囲の低次元さに。
みんなぜんぜん、なってない。
七夕の短冊飾りみたいに、折り紙を切り貼りしてるけどさあ。それと募金活動と、どういう関係あんのかな。
活動の趣旨と関係ないデザインなんて、ナンセンスなだけじゃん。
吉田くんとキリちゃんなんか、論外。
千両箱?
メロンの箱?
募金をお願いする側が、お金持ちをイメージするような箱を持ってるとか……お前こそ募金しろよって思われるに決まってる。
みんなもっと、作品を作ることに目的意識を持てばいいのに。もっと活動の内容を考えて作ればいいのに。
ま、いいや。
みんなはみんな、自分は自分だし。
……と、ツヅミは思った。
真面目にやるのがバカバカしいと、本気で思っていた。
さっさと自分の工作を終えて、提出に向かう。
「先生、できました」
「箱崎さん、もうできたの? なに、ずいぶん簡単じゃない。なにか飾りとかしないの?」
石原先生がツヅミの提出物を見て、眉をひそめる。
ただの箱だった。
硬貨の投入口と首ヒモをつけただけの、のっぺらぼうの募金箱。
いや、仕上がりそのものは見事だ。
スキマなく模造紙を貼り合わせてあり、シワひとつない。よく見ないと、紙の合わせ目もわからないほどだ。
首ひもの金具も、ちゃんと固定されている。
技術点は、満点をつけざるを得ない。
だが、図工の提出物としてはどうだ。ホワイト1色の立方体に「募金箱」と書いてるだけではないか。
まるっきり、努力や熱心さが感じられない。
「……」
石原先生は顔をしかめた。
授業をナメてるとしか思えない。
だがツヅミは気にしてない。
なぜなら、これはまだ完成前だから。
ツヅミの真の目的。
それはこの募金箱を、ビックリ箱にすることだ。
昨日完成した666号を、これに搭載するのだ。授業が終わってから、こっそりセットするつもりである。
だから、いまはただの空っぽの箱でいいのだ。
ていうか、外見なんかどうだっていい。
箱は、666号をセットするための外装に過ぎないのだ。
しかし、石原先生がそんな陰謀を知るはずもない。にべもなく、ツヅミの作品を却下する。
「箱崎さん、もうちょっとなにか考えてみなさい」
「ううん。ちゃんと工夫しました」
そう言うと、ツヅミは10円玉を投入口に入れた。
すると―――
チャリン♪
チャリンチャリン♪
チャランチャランチャラン……
鈴が鳴るような、きれいな音が響いた。
え、なんで音が鳴るの?
まだ666号、セットしてないけど。




