第1話 「好きこそ物の上手なれ」
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ギリシア神話に『パンドラの箱』の伝説がある。
あらゆる災厄が詰まった箱を、パンドラは開けてしまった。
そのとたん、箱からは病気、貧困、戦争など、あらゆる災いが飛び出したという。
それとはぜんぜん関係ないんだけどさ。
自分のしかけたビックリ箱で、自分がびっくりするってできると思う?
できたんだよ、ツヅミちゃんには。
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箱崎ツヅミちゃんは、小学校が終わったとたん、家に飛んで帰った。
1分1秒がもったいない。
小さな体のどこにこんな馬力があるのか、鉄砲玉のように走る、走る。
郵便局を曲がれば、家までもう100メートルもない。ツヅミのスピードはさらに加速する。
加速しすぎて道を曲がれなかった。
ガシャ―――ン!
《 バイク自転車盗難・チカン・のぞき・ひったくり多発 注意 》の立て看板にぶつかった。
「ひにゃが痛い! あ、い、いけない……」
べっしょり。
看板を泥だまりに倒してしまった。
ぶつけたヒザをさすりながら、ツヅミは看板をもと通りに立てかける。よかった、どこも壊れてないみたいだ。
ついでに誰にも見られなくてよかった。
痛む足をひょこひょこさせながら、必死に家路をいそぐ。
どうでもいいが、看板。
めちゃくちゃドロがついて「バチカンのひったくり発注」にしか見えなくなってしまった。
「ほうほうほう、た、ただいま。ヘえヘえ」
紆余曲折を経て、ツヅミは帰宅した。
息が切れる。
ツヅミの生理現象による発声には、どうにも変な個性がある。クシャミや泣き声、悲鳴やいびきも、やたら変わった珍妙さがあるのだ。
さっきからヘーヘーほーほー言ってるのは、自宅に感心してるわけではない。ただ息が乱れてるだけだ。
ツヅミは大急ぎで洗面台に向かう。
「おにょおにょおにょ……ぺっ」
うがいの音さえおかしい。
2階の自室へ駆けあがると、ランドセルを放りだして勉強机に向かった。机の上には、ゆうべ遅くまで作業をしていた部品がそのままになっている。
ツヅミはさっそく、ハサミや画用紙を使って製作のつづきに取りかかった。
ツヅミはもう小学5年生だ。
だから大切なことをちゃんと理解している。
素人は、とにかく見た目のインパクトのことばかり考えてしまう。そのため、やたらと箱に凝ってしまいがちだ。
しかし、それではいけない。
大切なのは、いかに箱を日常生活に溶けこませるかだ。
部屋にあっても不自然ではない、ふつうさが重要なのだ。まちがっても、ド派手なビックリマークなど書いてはいけない。
それだと、事前に中身を教えてるようなものだ。
箱はただのダンボールとかでいいのだ。通販で届くような、ふつうのダンボールのままでいいのだ。
いかに違和感のない箱にカモフラージュできるかが重要なのだ。
もっと言えば、箱である必要すらない。
タンス、クローゼット、やかん、冷蔵庫……ようするに、ドアやフタのある家具ならなんでもいい。そこにギミックをしかけるという方法もある。
むしろそっちのほうが「まさか!」という意外性があって、面白かったりする。
「うーん、どれがいいかな」
ツヅミは引き出しを開けて、うーんと唸る。
引き出しには、大小100本くらいのバネが入っていた。太い針金のやつ、短いやつ、バイクに使うような強力なやつ。
まるでスプリングの見本集だ。
そのなかから、今回の作品にふさわしい1本を選び出す。ツヅミほどの腕前になれば、見ただけで適切なバネがわかるのだ。
バネの先っぽに瞬間接着剤をつけ、すかさず空っぽの茶筒に挿入する。こないだ使い切った、お番茶の筒にだ。
きわめて慎重を要する作業だった。
筒の直径は、わずか10センチに満たない。この筒の底に、バネを固定したいのだ。
素手では困難な作業だ。
専用のわりばしを使って、そうっとバネを接着する。
どうやら上手くいった。
お茶筒のなかから、ピンと誇らしげにバネが直立している。いや飛び出している。
当たり前だ。
バネのほうが筒より長くなければ、意味がない。
もう説明しなくても大丈夫だと思うが、ツヅミはビックリ箱を作っている。
小学2年生からはじめたビックリ箱製作は、本品で665号になる。
今年のお年玉は、すべて材料費に消えた。




