【06】神様
文音ちゃんと私は2年生になった。早くも2周目のソロ曲の発表が始まり、皆が次々個性的な曲を発表していく。文音ちゃんが今度はどんな物語を歌い上げるのか、気になって気になって眠れなかった。そろそろ舞踏会みたいに踊りだすかな……!
動画公開までのカウントダウンがここまで心臓に悪いのも久しぶりだ。じたばたしてごろごろしても時間は待ってくれない。カウントが0になる。
「まっじで怖い……!文音ちゃんっ……!」
謎に後ずさりして、携帯から異常なほど離れてその瞬間を迎えた。ワイヤレスイヤホンから流れてきたのは、鮮烈な和楽器の音。
何が起こっているの……?恐る恐る携帯に近寄ってみると、そこには文音ちゃんが本気で太鼓を叩いてる姿があった。衣装は黒と赤と金色の和風なかっこかわいい系。それ以外、今は言い表す言葉がない。私が文音ちゃんの和太鼓部の過去を教えたとき、ゆめみちゃんが表情を曇らせた理由もわかった。
「マジか……」
文音ちゃんは、今にも泣きそうな顔で必死に太鼓を叩いていた。一体、何があったんだろう。この前まではまだ照れながら演奏してたじゃん、この前って言っても1年前だけど。コメント欄は当然、阿鼻叫喚だった。
『これは文音さまだわ』
『かっこいい、泣いた』
『切ない顔してどんどんされたら好きになる……』
文音さま、ねぇ……。時々見かけるこの言葉は、いろいろな所で見かける言葉に進化を遂げていた。一番最初から渦中にいたのに何が起きているのかわからない。曲のタイトルは『新月宵祭』という。文音ちゃんの苦しげな顔とは裏腹に、ライブ映え間違いなしの大勝利な曲だった。すぐにでも楽しそうなコールを叫びたい。文音ちゃんが苦しそうという事実さえなければ。
あの『新月宵祭』のせいで、いやおかげで文音ちゃんの知名度は恐ろしく上がっていった。いろいろな所で文音ちゃんは『新月宵祭』を歌い、演奏し続けた。私も行ける限りすべての現場に駆け付けた。遠征も厭わずにそこら中へ文音ちゃんを見にいった。おかげで私のテストの点数はがた落ちした。
流石に疲れてきた夏の終わりごろ。文音ちゃんも相当くたびれた様子だった。流石にそれ以上華奢になられたら消滅してしまうのでは?
「今日も、よろしくお願いします……。では……行きます!文音の声に、めろめろきゅーんっ!」
いつものようにめろめろきゅ――ん!って叫ぼうと思ったけれど声が詰まって出なかった。誰も、言ってない。
「で、では。文音の太鼓にめろめろきゅん……?」
滑ってる。派手に滑ってる。今日の文音ちゃんは新しい衣装でかっこいいのに、こてんと首をかしげる。ただ、MCが進むごとに文音ちゃんの声は弱弱しく、ゆっくりになっていく。きっと本当は太鼓やりたくないんだろうな、文音ちゃん。曲が始まるまでの時間を、悲しくなるほど引き延ばそうとしている。
「ふう……。では、次の曲、聞いてください。『新月宵祭』」
文音ちゃんが曲名を言った途端、やっとささやかな歓声が上がった。何よ。あんなに可愛い文音ちゃんに1ミリも反応しないとは何事か。私は双眼鏡を構えて、文音ちゃんの表情に集中した。やっぱり苦しそうだった。でもやっぱりかっこいい。MVからさらにグレードアップして、無駄に太鼓2つ使い分けてるのかっこいい……。両方の太鼓を同時に叩くの必死さが際立ってめっちゃ萌える……!いやいや、ダメだかっこよさに引っ張られたら!気づいたらコールも言えぬまま曲が進んでいった。まさに異常事態。こんなに楽しい曲なのに、声ひとつ発せない。これが「文音さま」か……。お辞儀をしてステージを去っていくときの、バチを揃える癖はまだそのままで安心した。みんな見ろ、あの真面目さから出る可愛さが文音ちゃんだぞ。
今日の文音さまの頑張りはあっという間にSNSで広まった。文音さま信者がいっぱいいた。
『文音さまの太鼓で今日も頑張れる』
『苦しそうでこっちも泣く、儚げで好き』
『大人しい子かと思ったらあんな一面があったなんて。最初からこうしていれば1年生の時も輝けただろうに』
最初からこうしていればなんてあるもんか。あの顔が演技なわけないだろ。文音ちゃんにこんな仕打ちしたの誰だ。『新月宵祭』を通したドリームテイルのみんな……しかありえないのが悔しい。




