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創世記と恋物語  作者: みいみ
創世記と恋物語 -創世- (※『守護』~『白日』読了後推奨)
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【12-4】世界

 出演者は私と澪さんの2人だけだというのに、私の最後の舞台『ドリームテイル 七星文音卒業公演』の座席はあっという間に埋まったらしい。

 紗矢さんによって、ドリームテイルのライブは本物のアイドルと変わらない抽選販売が基本で価格もかなり引き上げられたと聞いているが、そんなことは関係ないようだ。 規模は私が想像できる範囲を大きく超えていた。


 本番当日。そこに初代ドリームテイルの10人の姿はない。完全に2人だけでこの『卒業公演』を築き上げることになる。それでも、彼女たちからの応援は届いていた。


「文音ちゃん、望ちゃんからの差し入れ見た!?」

「望さんから?」

「そうそう、ビターチョコたっぷりの……。えっと、フィナンシェだって!私も1個食べたけど、苦かった……。文音ちゃんはどう?」


 ビターチョコたっぷりの焼き菓子……。澪さんに促されるまま、そっとひと口齧った。

 生地の甘さが少し気になるが、私でも食べられそうな味だった。きっと、朋香さんが望さんに伝えたのだろう。私が甘いものを苦手としていることも、公には話していない。……望さんを怒らせてしまっただろうか。


 開演時間が迫り、私たちは楽屋の鏡の前に並んで座った。澪さんと私、大きさの違うポーチを目の前に置く。私のものが小さすぎるのだ。


「今でも、信じられません。私がアイドルとしてこれだけ多くの人の心を奪っていたとは……。つくづく、その影響力には恐ろしさすら覚えます」


 いつも髪型を整えたりお化粧を一手に引き受けたりしてくれるまほろさんも今日はいない。私は鏡に向かって、結局最後まで慣れることができなかったお化粧を自分で施していく。

 

「怖いくらい魅力的なのが、アイドルってもんじゃないかな。だから皆目が離せなくなっちゃうし、一生捧げてもいいって思えるわけ」


 澪さんは隣で手早く眉を整えている。澪さんも最初はお化粧が苦手だったようだが、アイドルとして活動を重ねるうちに上達したようだ。


「先日、不思議な夢を見ました。私たちが2人で舞台に上がる夢です。そこまではまだあり得るのですが……。私があのトルマリンに、あなたがアレキサンドになりきっていました」


 私は口紅を小さな筆で取り乗せていく。


「いいなー、文音ちゃんはいい夢で。私はもうすっごい怖い夢。文音ちゃんが元和太鼓部だったって一面が世間にバレちゃって、文音ちゃんがドリームテイルを脱退する夢。あれは起きた瞬間汗が止まらなかったわ……」


 澪さんは恐ろしいことを口にしつつ、頬紅をさっとはたく。


「大丈夫です。もうそんなことにはなりませんよ」


 衣装の準備も整い、開演の時間はもうすぐだ。心拍数がおかしくなりそうな私と、出番を今か今かと待ち望む澪さん。すべてが対称的な情景だった。

 今日の衣装は、これまでずっと着ていたものと1か所だけ違っていた。左の薬指に、互いの色のリボンが結ばれている。澪さんには私の黒、私には澪さんの鮮やかな水色のリボンだ。


「澪さんは、私がアイドルを辞めたらどうするのですか?まさか、今日ここで私と心中を」

「やめないよ。ドリームテイルに残るつもり」

「えっ……?」

「まあ、あくまで文音ちゃんのサポートメンバーって扱いだから、ステージに上がることは……最後だけど。こう見えて私、色々やってたんだから!グループのSNSやってる『中の人』は私だし」


 澪さんの声の調子から緊張というものはほぼ感じられない。いつも通り、大きすぎるほどの声だ。

 

「動画の編集もしてたし。文音ちゃんのMVの歌詞入れは私がやったんだよ。自分のもだけど。さらに、来年ドリームテイルに入れてくれって子から連絡が来たんだよ!だから私は残る!いや残る必要がある!」


 まさか、私の知らないところでそこまで活躍していたとは。澪さんにアイドル関係のこと以上の生きがいがあるとは思えないが、やめたくてもやめられないのは心苦しい。


「……今、それって不本意じゃない?って思ったでしょ」

「お見通しでしたか」

「安心して。すごく楽しいから。それに、私じゃできないこともある。例えば……。重大発表前の意味深な告知とか。お堅いのは苦手でさ……。だから、その時は文音ちゃんの力も借りたいな」

「私、も……?」

「ステージに立つアイドル本人以外にも、「アイドル」ってものを作るのに必要な人はたっくさんいるんだから!今日だって色々な人が手を貸してくれたでしょ。アイドルの世界はまだ見るところがいっぱいある!」


 澪さんは、本当に眩しい人だ。あの時の私の選択は、間違っていなかった。


 舞台に上がる直前、私と澪さんは互いの指につけたリボンを触れ合わせた。それは本当に口づけするよりもずっと愛おしい瞬間だった。



 -----


『ドリームテイル 七星文音卒業公演』の開催日。ファンたちはこの日に対して来るなと願い続けたが、そうはいかない。

 文音の卒業理由は「学業専念のため」と書かれていたが、それは言葉の綾できっと小説を書くネタが揃ったのだろう。最初期を思えば、小説の材料が揃えば彼女がアイドルを続けることは負担の方が大きかったはずだ。

 文音の卒業公演なのに澪もついて来ることが解せないというファンも多かった。それを見計らったかのように、澪も同時期を持って前線を退き裏方に専念するという発表があった。

 タイトルこそ文音の卒業公演だが、実質2期生コンビがそろって卒業するという意味を持っていた。

 

 慣れない駅の構造に戸惑いながら、ファンたちが新幹線の駅から遠く離れた空港の会場まで電車に揺られること数十分。いっそ飛行機で行った方が高くても早い、という者もいただろう。

 プロアイドルからしても大きめな会場を押さえたのは、ドリームテイルのどこから出ているのかファンからは見当もつかない資金を感じさせる。


 会場は文音・澪との別れを惜しむファンで溢れていた。始まってもいないのに大泣きで文音の魅力を語り合う人までいる。やはり多くが文音推しだ。澪推しは比較的珍しい存在だった。

 ドリームテイル全体のアカウントも、あの親しみやすい文章は澪が書いていると澪推しの多くが信じ込んでいた。

 澪の好きな所と言われれば、彼らの多くが中身・性格と答えるだろう。高校生にしては大人びた体型で一目惚れしたという人もいたが、そういう需要は彼女が表舞台に姿を現すごとに失われていった。

 彼女が万が一このような活動ではなく本物のアイドルだとしたら、グラビアなどで安売りされてしまう。そんな姿が一部のファンには容易に想像できた。

 澪推したちには、確かに水着姿を見たい気持ちが少しあった。もしそんな方向性になってしまえばそれにつれて澪の朗らかな性格は覆い隠されていただろう。想像しただけで背筋が凍るシナリオだった。


 卒業ライブ1発目は、『ドリームコール』だった。澪と文音が2人だけで歌うことは初めてだろう。本来10人に分けて踊る振り付けを2人だけで器用にこなしている。


 ――君が見てくれるならずっと歌っていられるかな?


 文音のロングトーンがずっと伸びやかになっている。文音のソロパートが決まるたび、澪が隣で嬉しそうにうなずく。合いの手部分は澪に一任され、サビはひたすら文音が歌い続けた。

『ドリームコール』が終わると、最初のMCが始まった。


「み、みなさん……。本日は私の卒業公演にお集まりいただきありがとうございます。七星文音と申します。最後の舞台にはなりますが、みなさんに笑顔でお帰りいただけるように努めます……。で、では行きます!」


 文音がコール&レスポンスをするときは、決まって切腹前の武士のような覚悟をにじませる。アイドルでいることが文音にとって負担だったことをよく表している瞬間だった。


「文音の声にーっ……めろめろきゅーんっ!……私の声、好きになってくれましたか?」


 無事に言い終えて、安堵したかのように微笑む文音。今のファンたちはこのような姿を1番求めていた。隣では澪がそわそわと自分の番が来るのを待っている。


「いい?」

「いいですよ」

「はーい!こんばんはー!西木澪です!今日は文音ちゃんのライブをもっときらきらさせられるように頑張ります!コーレス、覚えてくれました?うん!じゃあ行きます!……あぁ、ドキドキする!」


 彼女はずっと「アイドルオタク」「サポートメンバー」を名乗り続けていたが、アイドルへの情熱の中には「自分がステージに立ちたい」という欲も含まれていたのだろう。

 活動記録の動画で文音を励ましながら笑顔を絶やさず練習を重ねる姿は、ファンにとっても希望の光だった。澪にはあの合宿の最終日まで文音を見てあげてほしかった、と嘆くファンも多い。

 

「西木の「木」はー?生えてる木ーっ!……すごい!完璧じゃん!ありがとうございまーす!」


 2曲目からはソロ曲が続いた。

 文音がポエトリーリーディングで物語を語る『綺羅星』は、以前よりはっきりとした声色になり聞き取りやすくなっている。

 『綺羅星』の物語は、眠れない少年に向けてその祖母が夜な夜な語ってやる『10等星』の物語だった。人の目に見えるはずのない暗い星が、せめて6等星を目指して光ろうともがく。

 それだけの話と言えばそこまでなのだが、アイドルを始めて間もない文音と重ねずにはいられない。

 この曲の衣装は、暗い色でまとめたロングドレスだ。胸には後ろの席でも分かる輝きを放つブローチと、手元には分厚い本がある。文音はそれを読み聞かせるようにページをめくっていく。


 澪は2曲連続でカバー曲を歌った。歌いだしと共に会場は水色に染まり、大歓声に包まれる。澪の歌は明るいものが多く、ドリームテイルの中で誰推しかは問わず「澪の歌が好き」というファンも多かった。

 皆が自分の歌に期待を寄せている。一時期はイベントに引っ張りだこだったが、そんなプレッシャーをものともせず澪は歌い踊り続けた。澪にとってアイドルは生きがいそのものなのだろう。最後まで彼女は笑顔を絶やさなかった。


 澪のパフォーマンスが終わると舞台は暗転し幕間の映像が始まった。その内容は、文音がこのライブにかける気持ちを語るもの……と思われたが、ファンはここで壮大な惚気話を聞かされることとなる。


「私がアイドルになるには、澪さんの存在は欠かせませんでした。澪さんがあの時、『アイドル姿が見たい』と言ってくれなかったら、私は今と全く異なる生活をしていたでしょう」


 文音の話し方は消えてしまいそうな声色で、それでいて温かい。

  

「双葉総合にいたとしても、静かに小説を書いて3年間を終えていたでしょうね。澪さんって、幼いころからずっとあの調子です。私のことしか見えていません」


 その瞬間会場がどよめいた。澪と文音が幼馴染!?


「澪さんとの出会いは小学生の頃でした。私が和太鼓部にいたときも澪さんは演奏を聴きに来ていました。それと、小学生の頃は『クラス替え』というものがなかったためにずっと同じ教室で過ごしていました」

 

「特に覚えているのは……。あ、音楽の発表会だったかと。澪さん、合奏で1人タンバリンを演奏していたんですよ。とても可愛らしかったです。6年生なのに、小さい子みたいに楽し気で」

 

「思い出すだけで笑いが……うふふっ。こみ上げてしまいます」


 幕間映像が終わり、明転したステージには鈍く光を反射する和太鼓が据えられていた。ファンの期待は最高潮に達する。

 文音は黒と赤でまとめられ、金色の刺繍が目を引く鈴を鳴らしながらステージに姿を現した。アイドルのライブが、急に神社の儀式のようになってしまった。

 さっきまで光の海だった客席で、ファンたちはペンライトをなんとなく消してしまう。鈴の音はだんだん激しくなっていく。それを高く掲げ、しゃんしゃんと2回鳴らしたところでようやく鳴り止んだ。

 ステージライトの陰で、澪がその鈴を回収していた。小さくガッツポーズを見せている。きっと、「ファイトだよ」というような一言を告げていたのだろう。文音も頷く。


 インカム越しに、文音は深く息をつく。会場の時がぴたりと止まった。


 「はぁっ!」


 彼女の大きな掛け声とともに、文音は本気の和太鼓演奏を繰り広げた。気づけば全員がペンライトを消して客席は真っ暗だ。

 文音のメンバーカラーが「黒」なのは、いつかこうなることを想定していたというのか。

 途中でバチが片方折れてしまっても、文音はすぐ替えを取り出して演奏を続けた。

 ファンたちの中にはずっと「文音は垢抜けない文学少女で、なぜか和太鼓もできる」というイメージがあったが、この瞬間だけは違う何かだった。

 太鼓の音色で人々を感動の渦に、あるいは恐怖のどん底に突き落としそうな「文音さま」とでも呼びたくなる存在に見えた。


 そんな時間がどれくらい続いただろうか。鮮烈な和楽器の音が加わり、『新月宵祭』が始まった。皆慌ててペンライトをつけた。文音の「黒」の代わりに、光量を抑えた白色が灯る。


 最後のサビとともに、一斉に高輝度サイリウムが焚かれる。会場全体のボルテージは、まさに燃え上がっていた。澪もきっと今頃舞台裏でそうしている。


 アイドルらしい満面の笑みとはまた違うものがあったが、文音は今までで1番「やり遂げた」表情をしていた。


 2つ目の幕間映像が始まった。今度は、今日ここにいない初代ドリームテイルから文音へのメッセージだった。

 第一声、「無理に誘ってごめんね」から始まったゆめみのメッセージに、先の興奮が鎮まっていく。無理に誘われた状況でここまで成長した文音はただ者じゃない。ゆめみの人を見る目は本物だ。

 メッセージの締めは、澪から文音へのメッセージだった。


「文音ちゃん。その、そつ、そ……。待って、無理っ……。だめ……。うぅっ、ひっく……。文音ちゃんの、アイドル姿が見られて……。私、この2年間が人生で1番幸せだった」


 開始早々、澪は涙声だった。

 

「たぶんこの記録を抜ける体験はもう一生できない。そう信じてる。最初、私はきっと画面の向こうか客席で文音ちゃんを見守る立場にしかなれないんだろうなって思ってた」


「そしたら、私もドリームテイルに来てくれっていきなり連絡されて、2人でアイドルすることになった。私がアイドル!?こんな、おバカなドルオタが!?って」


「アイドルしてるうちに、私から文音ちゃんへの気持ちは一方通行じゃなかったんだって分かった。本当にそのときは嬉しかった。本当は、高校卒業ギリギリまでアイドルしてほしかった」


「でも、文音ちゃんには文音ちゃんのやりたいことがあるってやっと飲み込めた。文音ちゃん!絶対ビッグな小説家になって、でっかい賞とるんだぞ――!」


 それまで椅子に座っていた澪が立ちあがる。そしておもむろに叫んだ。


「文音ちゃ――――――ん!私、文音ちゃんが世界で1番大好きだ――――――っ!」


 それに呼応するようにファンたちも勝鬨のような声を上げた。そこで映像は終わる。いよいよ、卒業ライブのクライマックスだ。

 

 1つのスポットライトで照らされた2人の姿に、ファンはどよめいた。そこにいたのは、まるで漆黒のお姫様と王子様だ。文音の衣装は黒いロングドレスで、頭にはティアラが輝いている。

 澪の衣装はパンツスタイルで、添えられた短めのマントが元気いっぱいな彼女の面影を残している。背中合わせになり、2人の手は固く繋がれていた。


「し――っ。皆、本当に最後だよ」

「私が1から歌詞を書いた、完全な新曲です」


 インカムを通して、「せーのっ」というささやき声が会場中に届いていた。


「それでは聴いてください。『創世』」


 ――刹那なる世界で、君に捧げるよ。永久のきらめきを……。

 

 文音は天に祈るかのように、澪は今この時に命さえ捧ぐように『創世』を歌い上げた。

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