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創世記と恋物語  作者: みいみ
創世記と恋物語 -創世- (※『守護』~『白日』読了後推奨)
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【07-4】決意

 サラさんの別荘地で始まった合宿の2日目は体力づくりと、歌の練習と、その他諸々の「アイドルらしさ」を培う練習だった。


 もう、隣に澪さんはいない。どれだけ苦しくても、弱音を吐ける相手はいない。初めて耳にしたような筋力トレーニングの種目たちを、周囲に手取り足取り教わりながらこなしていく。

 特に「プランク」というものの変則系で片手と片膝を上げてその体勢を保つだけの運動が苦しかった。体中が悲鳴を上げている。この体勢をあろうことか3分も維持しなければならない。

 私は歯を食いしばってただ耐えていた。


「まだまだいけますよっ……!頑張って!」

「ひぃっ……。ああ、もう無理……っ。ぐっ……」

「文音さんっ、息は止めないで!」

「んぐぐ……」

 

 結局、花乃さんから励まされても弱音は出てしまった。

 花乃さんは作詞担当を務めつつ生まれつき弱い体を少しでも強くするためにアイドルを続けているそうだ。彼女にも劣ってしまう私とは一体何なのだろう。


 歌の練習も、こんなに長時間に及ぶと喉が痛くなってくる。高い音も、低い音も、端から順に出づらくなっていく。元から私は大きな声を出すことが得意ではない。

 いっそのこと、ここで声を枯らしてしまえたらこの後の練習を休めて楽になれただろう。しかし人の身体はそううまくできていない。中途半端に喉を痛めたまま歌の練習も終わってしまった。


 今日最後の練習は、いわゆる「ファンサービス」の練習だった。皆、鏡に向かってウィンクをしたり、手でハートを作ってそれを観客役のメンバーに届けたりしている。

 皆は単純に「可愛い」と大はしゃぎすることもあれば、「もっとこうした方がいい」と鋭い助言を言い合うこともある場所だった。

 

 私はというと、2泊3日の合宿で1番心が折れそうな体験だった。

 観客に手を振るだけでも顔から火が出そうなほど恥ずかしい中で、手でハートを作るなどという可愛らしさの象徴のようなことをできるはずがない。

 私にとって「文音の声にめろめろきゅん」の掛け合いですら、両手でマイクを握りしめて言うことが精いっぱいだった。その練習もまた辛かった。

 何度も繰り返し「めろめろきゅん」と言う練習は耐えがたい。やけになって無理に大きな声を出したら、声が裏返ってしまい皆から苦笑いされてしまった。


 夕食中、昨日と違って箸はなかなか進まなかった。空腹感が限界を超えてしまっている。小説を書いているとよく起きる現象だった。こうなると食欲が戻ってくるのを待つしかない。

 周囲の心配をよそに、本当に少しずつ夕食に手を付けた。昨日は澪さんが隣だったが今日は朋香ともかさんが隣の席だった。


「やっぱりファンサって、ドキドキしますよね。ちゃんと可愛く見えてるかなとか、かっこ悪くないかなとか」

「だとしたら、私はそれより下の段階です……。臨機応変の『ファンサービス』以前に、決まりきった掛け合いすら上手に言えなくて……」

「そういう時は、自分は可愛いんだ!って信じるんです!」

「しん、じる?」

「うん!自分は今この世で1番可愛いんだぞ~って言い聞かせるんです。オーディションを受けるときは絶対鏡に向かって10回くらい言うんです。『私は世界で1番可愛い』って!」


 可愛い存在……。ふと頭をよぎったのは、『クリミナル・クリスタル』の『ルビー』だった。あのマンガの中から「可愛い人といえば?」と聞かれたら、多くの人が彼女だと即答するだろう。

 私が彼女のように可愛らしく振舞う……?絶対に無理だ。想像しただけで鳥肌が立ってしまう。

 無為に自分を飾り立てたら、息苦しくなりそうだ。何度お化粧を教わってもそれに対する嫌悪感が勝ってしまって最低限しかできない私には不可能な話だった。


「ありがとうございます、参考にしてみます……」


 皆よりずっと時間がかかってしまったが、夕食を何とか胃の中に収めた。収めたところに、知らず知らずの間に席を外していたサラさんが戻ってきた。


「皆さ~ん!城ヶ崎グループのホテル自慢のマフィンをどうぞ!疲れたときには甘いものが1番だから!」

「うふふっ。ありがとうございます、サラさん」


 朋香さんは微笑みながらトレイに乗ったそれを手に取る。私の分も目の前に1つ置かれた。甘いものは苦手なのに。


「サラさん、これって普通に買ったらどれくらいするんですか?」

「えーっと……。いくらだったかしら……」


 別荘の使用人らしい女性が答えた額は、普通のマフィンの4,5倍はする値段だった。それを前に固まっていると、朋香さんがそっと話しかけてきた。


「スイーツは別腹……ともいかない感じですか?」

「そ、そうです、はい……。甘いものはどうにも苦手で……。朋香さん、もしよければどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく。でもね、(のぞむ)ちゃんの前で『甘いものは苦手』なんて言っちゃだめですよ」


 朋香さんは、私にぐっと顔を近づけた。香水だろうか?菓子とは違う甘い香りが鼻をついた。


「望ちゃん、スイーツをけなされると手が付けられないくらい怒っちゃうから」

「は、はい……」

 


 その日の夜、浴場の前で福松(ふくまつ)瑠璃子(るりこ)さんとすれ違った。普段は2つ結びの三つ編み姿が特徴的だが、風呂上がりで解いている。


「七星さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「急ですがせっかくの機会です。七星さんの意見を聞かせてくれませんか。『ドリームテイル』の衣装についてです」


 瑠璃子さんは凛とした表情で私と視線を合わせる。


「七星さん、次のライブの衣装は把握していますよね」

「はい、デビュー曲の『ドリームコール』と、チアリーダーの衣装でしたよね」

「……どう思われますか。私たちは学ぶ場所こそ少し特殊ですがれっきとした高校生です。あの露出はやはり許容できません。誰もそれに異を唱えないのが私には理解できない」


 瑠璃子さんはこれまでずっと学級委員や生徒会の役員を務め続けたものの、真面目な人間ほど損をするとよく言われるこの世界では受け入れてもらえなかったそうだ。

 人間関係が悪化したことで一般的な学校生活から離れ、通信制の自由な校風の元であえて不真面目に暮らそうとしているらしい。

 この話を最初に聞いたのは加入直後に10人から自己紹介を受けた時だったが、私がここにいる理由とどこか近しいものを感じていた。

 

「全日制課程にしかありませんが、制服に準ずる格好であるべきです」

「ということは、問題はスカート丈ですか?」

「ええ。あなたなら分かってもらえるかと思い、ずっと相談したかった」


 過去のライブで1度着せられたチアリーダーの衣装は、確かに恥ずかしかった。恥ずかしかったが、衣装担当のまほろさんの工夫が光っている衣装だった。


「まほろさんのこだわりでそのスカートはただの薄い布ではなく、フリルを重ねて上品な仕上がりになっていましたが」

「そうでしたね……。ではスカートは一旦許すとしましょう。しかし上半身は身体のラインが強調されてしまいます!」

「次のライブは2月、チアリーダーの衣装……。上半身も考える必要がありそうですね」

 


 合宿最終日は半日で終わりになる。花乃さんはひたすら歌詞を書いて、私はゆめみさんたちに教えてもらいながら11人版のデビュー曲『ドリームコール』を完成させるために歌い、踊り続けた。


 ――君が見てくれるならずっと歌っていられるかな?


 1番盛り上げなければならない部分の直前、しかも曲の後半だ。ここが回ってくるまでに息は上がってしまうし、うまく音程を合わせられない。

 何より『ドリームコール』の明るい雰囲気や歌詞に自分を合わせることは不可能に近い。

 合宿終了まで数時間を切っていた。もう時間がない。このまま私は皆の足を引っ張ることしかできないというのか……。


「ねえ、文音ちゃん」

「朋香さん……」

「1回、深呼吸しましょう?」


 朋香さんと息を大きく吸って、吐く。


「歌の歌詞と自分を切り離してみませんか」

「……?」

 

 考えたことがなかった。自分で歌った『綺羅星』は、私が小説にし損ねていた内容を抜粋したものだった。そこからそれを書いた自分を切り離すなど想像もつかない。

 

「オーディションを受けて、結構いい線まで行ったときにプロデューサーさんからアドバイスをもらったことがあるんですけど、そこで『自分を出しすぎ』って言われちゃって……」


 オーディションの過酷さは澪さんから昨夜聞いたばかりだった。自らの夢を掴み取るため、命がけで戦うあのオーディションに、朋香さんも身を投じている。

 私は……。とんとん拍子でアイドルになり、全てがある程度良好に行ってしまっている。私はなんて弱い人間なんだ。

 

「早速今からやってみましょうよ!自分が歌えるかは放っておいて、とにかく歌詞を読んでみるんです!」

「なるほど……」


 こうして、私と朋香さんによる『ドリームコール』を読み解く会が始まった。

 


「そうか……。歌詞にある物語を捉えなおせば……」

「何かピンときました?」

「ど、どうでしょうか……」


 それは個人的な気付きでしかなかったためその場では苦笑いを浮かべて誤魔化してしまったが、自分が歌う所の少し前の歌詞に目が留まった。


 ――友達に言えないな 僕の秘密

 ――言える時を 待っていてくれる?


 私は澪さんにも、誰にもずっとあの頃の苦い記憶を言ってこなかった。「話が長くなるから」「関係のないことだから」と、あの日から逃げて来た。

 思い出そうとするたび、苦しくなる。誰にも分かってもらえないだろうと抱え込んできた。アイドルなどという活動をしていたら尚更、筋の通らない話だ。

 

 しかし、澪さんになら。あの人になら話せる気がした。

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