【04-4】生木
こうして、澪さんと私は1度直接会って話をすることにした。行きつけの純喫茶にあの人を呼び出すことは、恋愛小説のようで胸が高鳴った。
静謐な店内に、食器のかすかな音や穏やかな老夫婦の話し声などが聞こえてくる。
扉につけられたベルが待ち合わせ時間きっかりに鳴ると、入り口できょろきょろとする澪さんが現れた。この場所から声をかけるには遠すぎる。私は携帯を取り出してあの人にメッセージを送った。
『入り口から見て1番奥にいます』
すぐに既読がつき、澪さんは小走りでやってきた。前と変わらない、こちらに興味はあるものの手を出せないような表情だった。
「文音ちゃん、また綺麗になった?」
「何も変わっていません。お世辞はよしてください……」
私は意味もなく身じろぎしながら、窓の外に視線をやる。昼下がりの照り返しで特に何も見えなかった。
「お世辞じゃないよ。文音ちゃんの顔をちゃんんと見たのもだいぶ久しぶりかな。動画でも隅っこに小さく映ってることがほとんどだったし……」
それは、私が目立ちたくなかったからだ。あくまでも私は、アイドルの経験をもとに新たな物語を紡ぎたいだけで、あまり目立つことは御免だった。
私はコーヒーにミルクだけ入れて口をつける。澪さんも1度は同じようにしたが、口に合わなかったのかすぐに包みの2本分砂糖を足していた。
「それで、アイドルはやっぱり……。その、難しそう?」
「現状をお話すると、「次に曲を出すときは和太鼓を演奏しよう」という案が出てしまっていて……。私、もう人前では演奏したくないのです……」
「そ、そうなんだ……」
「詳細は……控えさせてください。長くなりますから」
私が澪さんと直接話したい理由はこれではない。もっと重大なことがある。
きっと、断られてしまうだろう。そして、実現するかもわからない。
しかし、現状を打開するにはこうするしかなかった。それこそ、トルマリンがアレキサンドを一味の拠点から引っ張り出したように……。
「単刀直入にお話しします。あなたも、ドリームテイルに来てください」
「うん!?」
澪さんの驚きを顔全体で表現した姿にコーヒーを吹き出してしまいそうになった。
「わ、私盛大に校外の人間だけど大丈夫なの!?」
「いえ、まだ私の独断です。皆に断られたらそこまでです。どうか、あなたに私の秘密が大衆に知れ渡ることがないよう守ってほしい……」
そううまくはいかないだろう。しかし、ここは方向性が全く決まっていない生まれたての活動だ。皆の反応は想像の上を行った。
ゆめみさんは「ぜひ紹介して」と乗り気になってくれた。まほろさんも、「お話したい」と言ってくれた。他の人たちも、「1度話してみないと分からない」という反応が多かった。
喫茶店で澪さんと話した日の翌日に行われたドリームテイルの会議は、澪さんをここに加入させるかどうかという重い議題が持ち上がった。
未だに慣れないオンライン会議で、それぞれの自宅から参加している。いつもは11ある窓も、今日は12になっていた。
そして、よく遅刻するまほろさんが時間ぴったりに現れたことからことの大きさがうかがえた。
「では改めて澪さん!自己紹介お願いします!」
ゆめみさんの声にびくっと肩をすくませ反応した澪さんは、震える声で話し始めた。アイドルたちを前に、緊張しているのだろうか……?
「に、西木、澪です……。えと、ほんとにただのしがないドルオタで……」
会議ソフトについているノイズを打ち消す機能が強く働いて澪さんの声は途切れ途切れになっていたが、その言葉に石井美優さんが前のめりになった。
「あんたもアイドルオタク!?どこのグループが好き?推しは誰!?」
美優さんはドリームテイルの作曲担当で、アイドルをこよなく愛している。愛しているが、澪さんの情熱的な愛し方とはどこか違う雰囲気が感じられた。
彼女はずっと、大規模なライブを次々成功させるようなアイドルを追いかけてきた。しかしドリームテイルの中でアイドルに詳しい人はおらず、美優さんはいつも少し浮いていた。
突如現れた仲間に目を輝かせているのが低画質のオンライン会議越しにもわかる。
「ど、え、えっと……。個々のメンバーについては今はすごく、ぼんやりと……」
「そっか、そういうのもあるよね。楽曲推し?」
「そ、それです……。たぶん」
「分かるよ。私も無性に、推しとは違うグループの曲を聞きたくなることあるもん」
「あ、でも中学の時は『PROMiSE』ってグループのらみかちゃんが好きだった!……訳あって離れちゃったけど」
美優さんはそのグループ名を出されると露骨に眉を顰め、声色を落とした。
「っ……PROMiSEか」
その後も澪さんは個性の塊のようなメンバーから何故か色々な分野の知識を試されていた。
皆、好きなものや志がバラバラなのだ。あらゆる方向からの洗礼に戸惑う様子がとても可愛らしくて、澪さんの映っている窓から私は目が離せなかった。
「やっぱり、正式なメンバーは難しいかなぁ。澪さんは違う学校の人だし。にしても、全日制だけの学校ってスケールが違って楽しそう」
「す、スケール……?」
「うん!だって私、両方見てるもん!それでね……」
ゆめみさんは、ぺらぺらと過去を開示していく。
-----
1年生の頃、ゆめみは双葉総合高校の全日制課程に通っていたが、通信制課程に通う生徒たちと自分たちの中に存在する心の壁をよく思っていなかった。
ここの校舎は全日制・通信制の2つに分かれており、生徒たちはお互いに関わりはほとんど持たない。
両方を何度でも行き来できるカリキュラムこそあるが、全日制課程から通信制課程に行けば『脱落者』、その逆は『生意気だ』というようなレッテルを生徒たち同士が貼りあっている。
ゆめみは鬱屈とした双葉総合高校に、『笑顔』をもたらそうとしていた。その方法がはっきりしないまま、ドリームテイルを立ち上げた。そして、通信制課程の生徒たちが抱える気持ちに寄り添うべく、自ら『脱落』した。
-----
私も、あれくらい明るく過去を話せたら。いや、話す必要はない。……話してしまったら、この居場所も「居場所」ではなくなってしまう。
澪さんは、ドリームテイルの12人目よりも少し遠い関係として、私たちと関わることになった。
運動がとても得意な人は学校の運動部には入らずに、先を見据えて外部で活動することがあるという。
ドリームテイルの体力づくりに貢献している大垣夏菜恵さんも、小学生の頃はそれだったそうだ。澪さんも似た存在になった。
澪さんの介入が決まったオンライン会議の数日後から、澪さんは学校が終わると練習場所までやって来て、私とアイドルの歌や踊りを練習したり、活動記録を撮影したりするようになった。
澪さんがことあるごとに私の元へ来てくれる。それだけで私の心は少し温かくなった。
設備がいつでも整っているのは、ほかの誰でもない|城ヶ崎サラさんのおかげだった。サラさんは有名な会社『城ヶ崎グループ』のお金持ちだそうだ。
彼女は桁違いのお小遣いのほとんどをドリームテイルの活動に充ててくれている。
ドリームテイルの会議や合同練習の場面を思い返していると、澪さんが私の顔を覗き込んでいた。
「文音ちゃん。あーやーねーちゃんっ。今日は何やるの?」
「あっ……。すみません。今日は……。皆さんから自己紹介動画を撮ってくれと依頼があります」
「あ!文音ちゃんもやってたやつ?」
「そうです。あの、あれ、です」
私の自己紹介動画は、すでに恥ずかしい記憶になりつつあった。練習の合間に、メンバー全員立ち会いの元で撮られたものだ。
そこで私は『クリミナル・クリスタル』について熱く語ってしまった。本来伝えるべきことが疎かになっていなかっただろうか。
「ふふん。私、めっちゃ練習してきたから!大丈夫!……でもセリフ飛んじゃったらきついからカンペ持ってくれる……?」
「ええ、その程度なら任せてください」
こうして、澪さんの自己紹介動画撮影が始まった。
「初めまして、西木澪って言います……。「にし」は方角の「西」、きは生えてる「木」で、下の名前はあの字で「れい」って読みます。変わってるでしょ。ごつい意味の「錦」って書かれたこともあるし、「みお」って呼ばれて困ってます。私は完全に文音ちゃんに言われてアイドルをやる方になって。元ドルオタでした。だから!見てくれる人の気持ちは相当分かってるつもりです!……で、えーっと」
澪さんの言葉は、そこで止まった。私もあそこまでさらけ出したのだ。もう少し語ってくれないと、少し割に合わない。私は澪さんから手渡されていたカンペに書き込み、携帯の後ろからそっと出した。
『何でも構いません。好きなものを1つ』
「ええっ!?じゃ、じゃあ!好きな食べ物言います!昆布のおにぎり!それと、あと……。あー!もう分からん!ギブアップだよ文音ちゃん……」
まさか、咄嗟に挙げた「好きなもの」が昆布のおにぎりだとは。澪さんは私が考える以上に素朴なものが好きらしい。
あの人なら、好きな食べ物を聞かれたらお菓子や濃い味のおかずを出してくると予想していた。
意外性に満ちた自己紹介を撮り終えた澪さんは、項垂れていた。
「文音ちゃん……。私のアイドル人生、出鼻をバキボキにされて終わるのかなぁ……」
本人の心配とは裏腹に、動画には好意的な声が多く寄せられた。その多くが「性格がかわいい」「アイドルが好きな者として共感できる」というような声だった。
それを上回る勢いで書きこまれていたのは、澪さんが思いもよらない部分だったそうだ。漢字の「木」を、「生えている木」と表現したことが視聴者の笑いを誘ったらしい。
確かに、山ならまだしも街の木は勝手に生えているわけではない。
こうして、澪さんの「生えている木」という少し不思議な例えはあの人と観客の掛け合いに採用されるまでになった。
あの人が「西木の「木」は?」と言ったら、皆が「生えてる木」と返すそう。あの人らしい、まっすぐなものだった。
私のそれはいくら考えてもそれらしいものが思いつかず、佐谷朋香さんに考えてもらったものだ。
朋香さんは、見た目はもちろん振る舞いも非常に可愛らしい存在だ。本物のアイドルを目指しているらしい。
オーディションに頻繁に応募しており、貴重な揃っての練習にもいないことがある。頻繁に、ということはそれだけ落選しているに違いない。
きっと受かったらドリームテイルを抜けてしまうのだろう。彼女がここに加わったときは「ドリームテイルはプロへの踏み台に過ぎないのか」とひと悶着あったそうだ。
自分で自分の名前を言うこともまた筆舌に尽くせない恥ずかしさがあるが、我慢することにした。私が「文音の声に」と言ったら、「めろめろきゅん」と返す。それだけのものだ。
澪さんは自らの未来に大きな不安を抱え込んでいるように見えたが、私は伝えたかった。
澪さん、あなたの方が私よりずっとアイドルに向いています。




