【03-4】衝動
こうして私は『ドリームテイル』の一員になった。経験がないことの連続に、私は大いに翻弄されることとなった。
1か月ほど、ほぼ毎日歌とダンスは自主練習をした。他の人と一緒に練習するなかで、足を引っ張るようなことは避けたかった。
それでも、ゆめみさんたちから渡されたお手本のダンスにある複雑な足さばきにはついて行けず転んでしまうし、歌だって私からそんなに甲高い声が出るとは到底思えない。
そのせいで、私が歌う『綺羅星』が完成するまでにその音域は2つか3つほど低くなった。
踊ることは断念し、歌だけに専念することにした。その歌自体もほとんどない。ポエトリーリーディングという手法に縋ってしまった。
皆からは本当にこんな仕様でいいのかと何度も念を押されたが、私にできる精一杯がこれだった。
双葉総合高校の通信制課程は、不思議な空間だった。通信制の特徴である自由な校風は確かに存在している。制服もなく、毎日学校に来る必要もない。
さらに、学期ごとに生徒たちは全日制と通信制を自由に行き来できる。ルールに縛られず動けるはずのここで、常に生徒たちはどこか殺気立っていた。
「なんで第一志望落ちちゃったんだろう、もっとやっておけば」
「青春なんてくそくらえだ」
「今はとにかく勉強しなきゃ。大学では絶対きらきらしてみせる」
渡り廊下を挟んで、窓の外には全日制課程の生徒たちが毎日授業に励んで、制服を纏い笑顔を浮かべている様子が見える。
ある日の夕方、電気が落とされ茜色に染まる練習室でのこと。皆との練習が終わってから私はふとその隣に視線をやった。
これまで誰も開けてこなかった部屋だ。私は取りつかれたかのようにその方へ近づいた。
息すら潜めて扉を引くと、あっさりと開く。狭く、電気をつけてもなお薄暗い物置部屋だった。部屋の中にそっと入ると、棚や物から埃が舞い上がる。
咳き込みながらも進んでいくと、奥には小ぶりな大きさの和太鼓が置かれていた。
それを目にして、私は息を飲んだ。和太鼓は中学生時代の出来事が起きて以来避けていたものだ。まさかこんな所で再会するとは。思っていたよりもずっと穏やかな再会だった。
少しだけなら、誰も見ていない今ならば許されるだろうか。私は埃にまみれつつバチを探して、太鼓の前でそれを構えていた。大した構えではない。太鼓の前で、そっと添えるだけしかできない。
バチの重みはとても懐かしかった。
先の練習で覚えたばかりの動きでくるりと回って、即興で太鼓を打ち鳴らす。大きな太鼓のように響く音ではなかったが、斜めに置かれた太鼓を夢中で演奏した。久しぶりの音が身に染みる。
きっと練習に疲れて、皆帰ったはずだ。ここにはもう誰もいないに違いない。その思い込みが、浅はかだった。半開きにしていた扉が勢いよく開け放たれた。私の手からバチが滑り落ちそうになる。
「え、文音ちゃんだったの!?」
「ひっ……!か、勝手に入ってしまいごめんなさいっ……」
「びっくりした!急にすごい音がしたから戻ってきたら、文音ちゃんだったなんて!」
そんな所をゆめみさんに見られてしまった。聞かれてしまった。
逃げ出そうとする私の手を、部員の1人である林まほろさんが掴んだ。
彼女は一見物知りそうに見えるが、知識が乙女ゲームという所から得られるものに偏っているという一風変わった人だった。
これまでも衣装をたくさん作ってきたそうだが、彼女の手元にはいつもゲームの設定資料集が広げられている。
小説のために私がたくさん調べ物をすることとは、少しわけが違っている。
「文音さんの演奏、とっても素敵です!もし次にソロ曲を作るときは、和太鼓を取り入れましょう!」
「む、無理ですっ……人前でなんて、さらに、そんなっ……」
「あぁ、思い出しちゃうなぁ……♡ユウキ先輩との夏祭りデートイベント!彼がサプライズで太鼓パフォーマンスを見せてくれた、伝説のギャップ萌えエピソードって現実に、しかもこんな近くに存在してたんだ……!」
「ご、ごめんなさいっ!」
私はまほろさんに掴まれた手を振りほどいて駆けだした。
「文音ちゃん!」
ゆめみさんの声にも振り返らなかった。このままでは、私の新たな居場所であるドリームテイルも、忌まわしき記憶に侵されてしまう。それだけは何としてでも避けたかった。
こんなことを相談できる人は、あの人以外ありえない。しかしあの人を頼ったところで、あの人はドリームテイルにも、双葉総合高校にもいない。それでも、話だけでも聞いてほしかった。
中学校卒業間際にもらったメモを引っ張り出し、電話をかけた。一度は電話を切られてしまったが、しばらくすると向こうから再びかかってきた。
「澪さんっ……!」「文音ちゃん!?」
「その、さっきは切っちゃってごめん……。ど、どうしたの?」
「澪さんっ……よかった、繋がって……。その、完全に私の不注意だったのですが……。私の過去が、和太鼓部だったことが……。ドリームテイルの皆に露呈してしまいました……」
「あちゃ――。それはまずいね……」
「えっ、私があのことについて黙っていたかったのを、やはり分かって……」
「うん。そりゃ察するよ。私だったら絶対言っちゃうもん。皆見てた?あれ私なんだよ!ってさ!」
「……1度、会ってお話したいです」
「もちろん!いいよ!」
もう、1人でいることが限界だった。
ごめんなさい、澪さん。私とは違う、いたって普通の高校生活を送っているはずのあなたを巻き込みたくなかったのに。




