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創世記と恋物語  作者: みいみ
創世記と恋物語 -白日-
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【10-3】中絶

 12月。文音ちゃんのアカウントから、DMでまたメッセージが送られてきた。3カ月前に公園で夜通し取っ組み合いをしたという事実はまだ鮮明に残っている。昨日のことのように覚えていた。あれから私はすっかり塞ぎ込んで、ドリームテイルどころか他のアイドルの歌や動画も全く見聞きできない身体になってしまった。

 

 昔にも1回そういうことがあったけれど、あの頃とは違って強い罪悪感や責任感が重くのしかかる。アイドルのきらきらにときめこうとするたび、文音ちゃんの叫びがこだまする。


 アイドルのきらきらした1面しか見ない私に、何が分かったというのか。


 そんな文音ちゃんから更なる連絡があった。「仲直りしましょう」なんて、そんなのじゃないよね。


『12月20日、15時。ライブハウス『ターコイズ』入り口で待つ』


『あなたが、最も望まない結末を捧ぐ』


 そこは少し前に惜しまれつつクローズしたはずのライブハウスだった。なぜそんな所を選んだのか私は分からなかった。それでも私は言われた通り、12月20日の15時少し前に『ターコイズ』へ向かう。くすんだ色の空の下で厚手のコートを着込んだ文音ちゃんが待っていた。光を失ったまま、あの子は柔らかく微笑む。


「待っていましたよ。澪。ついてきてください」


 ライブハウスの重たい扉を開けると、がらんとしたロビーが目に付いた。いつもなら、ファンやスタッフがひしめき合い、ライブへの期待感が1番高まる場所なのに、今日は2人きりだ。

 文音ちゃんに、3か月前のヒステリックさが全くない。何があったんだろう。あまりにも穏やかなので、それがかえって不気味だった。ステージには何もなく、フロアの中央から少し外れた場所にパイプ椅子がぽつんと1つ置かれているだけだった。足音が静かな空間に反響する。ついこの前クローズしただけあって、それほど寂れた雰囲気はなかった。


「澪はここへ」

「う、うん……」


 かちり。

 

 椅子に座った私の両手首に、硬い輪が触れた。文音ちゃんが冷たい手を離すと、僅かに鎖の擦れるような音がした。


「え……!?」


 文音ちゃんは私の手をおもちゃの手錠でつないでしまった。顔を反射的に上げると、文音ちゃんは小さくため息をついた。


「あなたへの連絡に添えたでしょう?あなたが最も望まない結末を捧ぐ、と」

「あの、それとこれの関係は一体……」

「アイドルを見物する者は皆、暴れて奇声を上げたがる。まあ、澪は堪えられると信じていますから口は……塞がずに許します」


 今日最初に顔を合わせた時と同じ笑みで、平然とそんなことを口にしている。文音ちゃんは完全に擦れてしまっていた。


 これから生まれてくるはずだったアイドルとして輝く文音ちゃんを、私が全部摘み取ってしまった。


 あの時、私が「アイドルは大変だよ」とか、「文音ちゃんには小説があるんだから無理しないでいいんだよ」とか言えていたら。

 それ以上に私が文音ちゃんの秘密を誰にも話さなければ、こんなことにはならなかっただろう。


 文音ちゃんのコートの下は、『解放と夜明け』で着ていた、あの真っ白なレースのワンピ姿だった。文音ちゃんは静かにブーツと靴下を脱いだ。この衣装の足元は裸足らしい。 MVに足元は映っていなかったから今日初めて知ったことだった。12月も終わりかけたこの時期にこの衣装がどれだけ寒いのか、想像に難くない。冷たい床に無防備な文音ちゃんのつま先が痛々しく見える。左の足首には小さな鈴が付いた水色のアンクレットがあった。フロアの中央に歩いてくる間にも、しゃらしゃらと音を立てている。


 文音ちゃんは空調の音すら許せないらしい。外と同じくらい冷え込んだここで私のダウンジャケットは命綱だった。


 そして、私が「望まない結末」を文音ちゃんは作り始めた。

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