【09-3】崩壊
「触らないで!」
今度は、文音ちゃんに突き飛ばされた。地面に思いきり背中をぶつけて、息が止まりそうになる。降り続く雨で灰色の空が広がっているのをはっきりと見た。
空を見上げながら、「大好きなあの子に突き飛ばされた」という事実で思考が止まった瞬間、次に私の頭に浮かんだのはカメラを向けられてもいつも視線を逸らしているあの子の姿だった。私はそんなところがたまらなく愛おしかったはずなのに、口をついてウソみたいな言葉が出た。
「文音ちゃんだって……アイドル初心者の癖に……。オタク心……わかってないでしょ……」
そんな傷つけること、私だって言いたくないのに。でも1度出た言葉はもう戻せない。
「あなたも、彼らと同じ。人の心を弄ぶ浅はかな存在なのですね」
「違う、違うんだよ文音ちゃん。なんで今自分もこんなこと言ったのか分からない……。本当に、ご」
「そんな言い訳が、通用すると!?」
文音ちゃんの声色は、悲しくなるほどに濁っていた。
「今日は帰らせません。あなたが私の痛みを分かってくれるまで、何時間でも、夜になり再び朝が来ても。ずっと、ずっと……!」
辺りは、もう暗くなりつつあった。雷の閃光に照らされる文音ちゃんの瞳は、失望の色に染まっていた。あの子は中学の頃からずっとため込まれていたであろう悲しみを、悔しさを、怒りをあらゆる方法で私にぶつけた。
煌々と光っている街灯は、あの子のためだけのスポットライトだった。
濡れて冷たくなった服を掴まれて、水たまりのしぶきを激しく散らして、互いの声はさらに掠れていく。私の身体は真冬のようになっていた。文音ちゃんは、最初から最後までずっとあらゆる負の感情で煮え滾っていたのだろう。頻繁に走っていた車の音が、少しずつ減っていく。
文音ちゃんの怒りが収まったのは、本当に空が白みだしてからの事だった。
夕立のはずがなかなか止まない雨の中、私たちはもう取っ組み合っているのか手を取り合い踊っているのかわからない。傍から見たらただの頭がイカれた奴らだ。
もう雨が止み、朝日が空にグラデーションを作り始めていた。
「澪の大嘘つき!」「文音ちゃん、なんで分かってくれないの!?」
本当にそう言っているのかも分からない、めちゃくちゃな声で叫び合う。
私は、今回の騒ぎだけでなくもっと前の罪まで清算させられた。まさか子どもの頃に追っかけをしていたのが気色悪いとまで言われるとは思わなかった。
夜が明けてしまったのも一因だったけれど、1番の原因はどちらともわからない手が文音ちゃんのメガネをかすめて吹っ飛ばしてしまったことだった。道まで飛んでいったメガネは、奇しくも通りがかった自転車に踏まれてしまう。
それに文音ちゃんが肩を落とし、とぼとぼと公園を後にしたことで長い私の"弁解"は終わりを告げた。
私は文音ちゃんが座っていたものの隣のブランコに座った。バランスが取れず、ひっくり返ってしまう。体中をぶつけたその痛みで、混濁していた私の頭が正常さを取り戻していく。
この日、私たちの関係は間違いなく修復不可能になった。




