【04-3】阻止
ドリームテイルのリーダー、ゆめみちゃんと話した翌日のこと。私はとりあえずドリームテイルのチャンネルをフォローしてみた。画面の隅に映りこむ文音ちゃんを見つけては胸が締め付けられた。変わらずこんなに可愛いのに、もう二度と手が届かない場所にいる。
文音ちゃんの自己紹介動画を見つけたときは心臓が止まるかと思った。少しうつむいたまま話す文音ちゃんが、信じられないくらい可愛かった。
「あ、ぁ、初めまして……。七星、文音といいます……。普段は、小説を読んだり、思っていたものが見つからないときなどは自分で執筆もしております……」
文音ちゃんは少しだけ作り笑顔を浮かべながら、胸の前で頻繁に手を組みなおしている。
「えっと、あと……。ああ、アイドルを始めたのは、小説の題材やヒントを探しているからです。私含め11人のアイドルがこの場所で複雑に絡み合って、その結果どのような物語が見られるのか、確かめてみたいのです」
小説のことになると、あの子の表情は少し明るくなった。
「もう、いいですか……?不純な動機と感じられてしまうでしょうか……。やるからには精一杯アイドルとしての役目を果たします。どうか、見守ってくださると幸いです」
動画の中の文音ちゃんは、ずっと視線がウロウロと泳いでいる。猛烈に緊張しているのがこちらにも伝わって来た。そして、私の頭の中には大きな、大きな不安要素が居座っていた。
文音ちゃんの過去……。話しちゃった……。
またある日、ドリームテイルのチャンネルに投稿された動画を目にして、私は天を仰いだ。文音ちゃんは、本当にリボンやバトンを使ってのダンスに挑んでいた。文音ちゃんの手つきはぎこちなくて、リボンはずっと床を這っているしバトンもぼとぼと床に落っこちる。失敗するたびに、文音ちゃんは唇を噛みしめていた。
こんなことは向いていない。本人が1番わかっているだろうに、あの子は踊り続けていた。
あの子はきっと、和太鼓部の頃の自分を本気で切り離そうとしているんだ。ゆめみちゃんが、話の分かる人であることを心の底から祈った。
が、ダメ。秘密というものはどこから綻びが生まれるか誰にも分からない。第三者からしたら、それが隠しておきたいことなのか、理解に苦しむこともあるのだろう。
動画サイトという文明の利器で、今の文音ちゃんと和太鼓部時代の文音ちゃんはイコールの関係になってしまった。
それは、当然私たちが幼かったころに遡る。そのころ、私は和太鼓部の文音ちゃんの追っかけをしていた。リアルタイムでその場に居合わせた誰かが、地域のお祭りの1シーンとして残していたものをファンが見つけてしまった。個人的な記録の共有的な意味で投稿されたであろう動画に、ここ数日間に何百というコメントが押し寄せている。
『間違いない、この子はのちの文音ちゃんだ』
『だとしたら、なんで太鼓じゃなくてリボンなの?まあそれも可愛いけど』
『太鼓の方が特別感あるのにね』
そんな声が動画サイト以外にもSNSを駆け巡っていた。まずい、非常にまずい。ドリームテイルの一員としてアカウントを持っている文音ちゃんに見つかるのも時間の問題だ。だけど、学校も違う今の私では手が出せない。
なんでも差し出すから、文音ちゃんにあの憶測が届かないようにしてくれ。そんな神頼みの気持ちだった。
文音ちゃんも、みんなに続いてソロ曲を発表した。その名も『解放と夜明け』。
絵本に出てきそうな設定でどこかほの暗い世界観は、文音ちゃんが纏っている雰囲気にぴったりだった。
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あるところに、古めかしいサーカス団があった。猛獣使いに綱渡り、派手な演目が目を惹き毎公演が大盛況だった。
そこには、見習いの団員だけが取り持つ人形劇の演目があった。なんの技術もない彼らに操られ、いつまで経ってもその人形たちは華麗に踊れない。
人形たちを操る見習い団員たちは、それに対して何も感じていなかった。彼らはこの人形劇を誇りに思ってなどいない。彼らの夢は、もっと派手な演目に携わって大きな歓声を浴びることだ。人形劇に携わる今は「下積み時代」に過ぎない。極論、こんなことはさっさとやめてしまいたいのだ。
惰性で続けられる人形劇は、当然人々の心には届かない。それを最も悔しがっているのは、人形たちだった。
大して手入れもされず、丁重に管理される主役の道具たちとは違い、出番が終われば雑に箱の中へ押し込まれてしまう。
ある嵐の夜、そのうちのひとつに奇跡が起きた。1体の少女型操り人形が、自動人形に姿を変えた。その大きさも、生身の人間と同じになった。
自動人形となった少女はダンスに使うリボンを1つ拝借して、サーカス団の倉庫を抜け出した。自力で動くことにはまだ慣れていない。おぼつかない足取りだった。見慣れない存在に警戒し唸る檻のライオンから、転びながらも逃げ出す。
そして、彼女は不器用にリボンを振りながら、いつか人々の目に留まる日を夢見て、サーカス団のテントから少し離れた場所で踊り続けた。それは、あの時自分たちをまともに踊らせてくれなかった団員への復讐か、自由を手にした喜びの表現なのか。それは誰にも分からない。不器用に踊るその姿は、サーカスのチケットが取れず嘆いた子どもたちや通りすがりの人々の目を楽しませていた。
ある日、彼女はとうとうサーカスの団員に見つかってしまった。
「おい、こんなところで何をしている!」「あれってあのガラクタじゃないか!?」
団員たちは、彼女からリボンを取り上げて、無理やり連れて帰った。
「俺たちが成り上がれずに燻ってるっていうのに、お前だけちやほやされやがって!」
そう罵られながら乱暴な扱いを受けた自動人形の少女は衣装を引き裂かれ、元いた倉庫へ放り込まれた。それでも、彼女は諦めなかった。古い衣装や道具を何度も持ち出し、サーカスのテントから少し離れた場所で踊り続け、団員たちはそのたびに連れ戻す。滑稽ないたちごっこが始まった。
サーカスの団長は、このいたちごっこが団の持つ伝統的な雰囲気を傷つけるとして、自動人形の少女を破壊してしまうことにした。団員たちは嬉々としてその指示に従った。
もう、自動人形の少女は二度と踊れない。
しかし、1人だけ彼女に手を差し伸べた者がいた。サーカスの古参の裏方だ。壮年の女性で、出世とはとうの昔に縁を切ったような存在だ。
「あーあ、こんなにしちゃって。団長さんは分かってないな。不器用に踊る自動人形なんて、とても可愛いじゃないか」
彼女は夜な夜な、倉庫に工具や材料を運び込み、ボロボロになった自動人形の少女と向き合った。
「頑張ってはみるけど……。直せなかったら、ごめんな」
女性の尽力もあり、彼女は元通り以上の姿になった。関節はより滑らかに動くようになり、衣装やリボンも頑丈になった。そして、彼女はあの人形劇が行われる時間のサーカスに乱入し、1人大観衆の前で舞い踊ってみせた。
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そんな内容のMVを見て、私は人生で1番泣いた。アイドルの曲にしては長すぎる6分強という中でも、人は1曲のうちにこう何度も涙を流せるものなのか。
真っ白なレースのワンピで、リボンを振って踊る文音ちゃんが、まだ外界で何が起きているのか知らない文音ちゃんが、あまりにも綺麗だったから。どうか、このままでいてほしい。
いてほしかったのに……。
その10日後に行われたフリーライブ、アイドルの登竜門とも呼べる地でそれは起きた。




