【03-3】白日
文音ちゃんがあの後どこに行ったか知らないまま、私は高校生になった。
別にがつがつ勉強したい訳でも将来やりたいことがあるわけでもない私は適当な私立の学校に進んだ。公立は難しそうだったのでやめた。逃げてるなぁ。私。
ただ時間だけがのろのろと進んでいく。1学期も中盤に差し掛かったころ、何気なく眺めていたショート動画に私は目が飛び出しそうになった。
文音ちゃんが、本当にアイドルを始めていた。『ドリームテイル』……?学校名も、このユニット名も、聞いたことのない単語の連続だ。
少し検索してみると、通信制の高校に生まれた小さなアイドル……っぽい活動だった。部活動とも違い、しかも始まったばかりで具体的に何を目指すかも決まっていないらしい。
そこで文音ちゃんはダンスの練習をする部員を見つめながら何かメモを取っていた。ダンスの勉強中……なのかな。文音ちゃんって太鼓やってたからリズム感よさそうなのにな。
梅雨なんか知るかと言わんばかりに暑い6月。知らない携帯番号からいきなり電話がかかって来た。条件反射で出ずに切ってしまう。残された留守番メッセージを興味本位で聞いてみたら、話が違ってきた。
「私、ドリームテイルの高宮ゆめみと言います!七星文音ちゃんと知り合いだった西木澪さんに聞きたいことがあって電話しました。急なことでごめんなさい……。折り返し、連絡をくれたらうれしいです!」
速攻リダイアルした。けれど、なんで私の電話番号知ってるの……?
私に会いたい理由は、文音ちゃんの過去について聞きたい・私と直接話がしたいというものだった。週末、指定された待ち合わせ場所のカフェに行くと、可愛らしい女の子が手を振ってくれた。
彼女がゆめみちゃんという子だった。アイドルなだけあるな……とその姿に見入ってしまう。
「あの、文音ちゃんって……一体何者なんですか!?」
「な、なにものといわれてもその……。困っちゃう……もう少し絞り込んでもらえると……ありがたいです、はい……」
「文音ちゃん、なかなか自分のことを話してくれなくて……。誰が聞いても答えてくれないんです……。いつもうまい具合に話を誤魔化されちゃって」
「まあ、あの子昔からシャイなので……。時間かかっちゃいますね、色々。打ち解けるとかは特に苦手かも……」
「なるほど!それで、あの子……。得意なことってどんなことでもいいのでありませんか!?逆立ちとかでも!」
「いやいやいや、逆立ちは……しないだろうな……。なんだろう。……あ!本!あの子本大好きです!多分あの感じだと、自分でも書いてる」
あの子昔和太鼓部でした!なんて言ったらダメな気がして、その事実から逃げ続ける。あんなに教室でもひた隠しにしてきたんだ。本当に最後の手段だ、あれを話すのは。
「その……。ステージ上でできそうなこと……。本当にないんですか……?」
ああ、そんな目で見ないで、ゆめみちゃん。本物アイドルの上目遣いにオタクは勝てるわけがない。でもまだ駄目だ、言っちゃだめだ……。堪えなければ……。
「と、ところで、文音ちゃんって向こうではどんな感じでやってます……?」
「うーん。最初に言われたことは、小説が書きたくて、そのネタが欲しくてアイドルになろうとしたってこと。次に言われたのは、リボンやバトンを使って踊ってみたいので練習させてほしい、ってことでした」
う、嘘だ……!見たことないよそんな所。文音ちゃん、そんな、自分を押し殺すことしなくたっていいじゃん!見たいけども……。文音ちゃん、なぜそんなことを……。がああっ、ダメだ!話してはなりません西木澪!あれ以外の要素を絞り出すのです!
「あ、授業の朗読めちゃくちゃ上手だった!朗読劇とかやったら無敵かも!」
「う――ん……。でも、歌って踊るのとは違うかも……」
「クイズ企画とかどう!?基本超賢いけど、算数で間違えちゃって、こてんって首傾げる仕草は星1つ吹っ飛ばせるくらい可愛い!」
「いや、そこまではまだ……」
「だったら……!本の知識!ビブリオなんとかをやらせたら優勝間違いなし!いや、シャイだから無理あるか……」
「あ、あはは……」
「その、本当に、何もないんですか……?引っ込み思案だけど、あんなに一生懸命で。私たち、あの子のアイドル姿を見てみたいって本気で思ってます。何か、あの子の魅力を引き出せるヒントをください!」
「魅力を……引き出す……うぐ――っ」
ここまでよく頑張ったと褒めてほしい。もう、限界だ。
ごめん、文音ちゃんっ……。
「文音ちゃん、このことは秘密にしたがってるから取り扱いは慎重にお願いします……」
「な、なんですか……?」
アイドルに耳打ち。もう一生できない体験だ。
「あ、文音ちゃん……。元、っ。和太鼓部、でした」
「え!?ほんとに!?な、なんでなんで!?」
「し――っ!聞こえる!聞こえる!」
「ああ、ごめんなさい……」
ゆめみちゃんは自分の口をぱっと押える。
私の頭には、幼い頃確かに見た文音ちゃんの輝かしい姿が次々呼び起こされていった。
「あの子が和太鼓部にどうして入ったかは分からない。だけど、本当に楽しそうでっ……!」
私はテーブルから身を乗り出しそうになった。
「こんなこと現実に起きるのかよって衝撃で……。私、小さい頃大きな音にビビってたのに文音ちゃんの太鼓だけは平気になって……」
「うん、うん!」
「それこそ、教室で静かに本を読んでいた子が和太鼓部なんて、ギャップ萌えの権化で……!」
一度語りだすともう止まらない。それはもう熱く語っていると、店員さんがおずおずと話しかけてきた。
「お客様、もう少しお静かにしていただけますか……」
「うっ。すみません……」
声のボリュームを抑えて、ゆめみちゃんと顔を突き合わせる。
「でも、教室ではひた隠しにしていたから、太鼓叩いてる自分と元の自分を切り離して考えてる可能性が高いかと。本当、厳重管理でお願いします……」
「き、貴重なお話、ありがとうございました――っ!」
ゆめみちゃんは小走りで店を後にした。えらく高いもの飲んでるよあの子。
だ、大丈夫かな……。私のお財布も。その中身を眺めていると、辺りのざわめきが遠く感じられた。




