【12-2】人波
文音ちゃんが大幅に遅れて発表するソロ曲に、私の炎上の鎮火。きっと今日のライブは一波乱あるぞと誰もがネットで予想していた。
『今日のライブほんと不安 文音ちゃんソロ曲足りてないけどまだ『綺羅星』やるのかな』
『そもそも文音出るの?せっかくの愛の巣燃やされて……ねぇ?』
『コスプレライブはもういい これ以上あの日の輝きを曇らせないで』
一波乱ある、というか火をつけて起こすのはそっちの癖に。同族だからこそわかる。オタクほど敵に回すとやばい奴らはこの世にいない。
2万人だったフォロワーはとうとう1万9000人を割ろうとしていた。私はただ、ライブ会場に向かう中でじわじわ減り続けるフォロワー数を見つめていた。
これから観客として入場してくるであろう仲間だったはずの人々を見かけるたびに、私は帽子を目深にかぶり直した。
精神をえぐってくるコメントや投稿からは目を背けたくなる。だけど、これは私の罪だ。私が今日、全部そそぐ罪だ。文音ちゃんが考えた作戦は、正直上手く行くとは思っていなかった。
ここで私が裏方として活躍する姿を見せたら、「頑張ってますアピール寒い」「悲劇のヒロインぶってる」って冷笑される未来は目に見えていた。藁にも縋る思いだった。
『夢物語の片隅で』15本目は、他のスタッフが持っている携帯含め20台以上のアングルで撮られる空前絶後の規模になった。
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4月30日、深夜。サブチャンネル『夢物語の片隅で』炎上から1か月が経とうとしていた。誰もが昨日のライブと、数時間前公開されたばかりの文音によるMVの衝撃を語り合っていた頃。
5月1日に日付が変わった瞬間、フォロワーたちに通知が届いた。
夢物語の片隅で が動画を投稿しました。
『澪の1日』
澪って……誰だ?みお……?
文音のソロ曲も無事公開され、久しぶりに文音が映る……のか?ファンの誰もが眉をひそめながら、再生ボタンを押した。
5月上旬投稿 『澪の1日』
動画は、文音のナレーションで始まった。まさかライブ後から今までの1日で編集したというのか。
「今日は、私たちの大切な……。裏方、という言葉で片づけるには惜しい存在。西木澪の生態を見てみましょう」
「れい」と呼ばれた少女は、疑いなく"サンドさん"だった。それを証拠づけるように、彼女の首にはあのゴーグルがかかっている。
しかし、自分たちが想像していた、いわば「文音のコバンザメ」というイメージとは大きく違った行動が、いや生態が次々流れて来た。
画面の中の「れい」は、Tシャツにジーンズというとてもシンプルな恰好で、舞台裏の廊下でコンビニのおにぎりを開けていた。くすんだ薄暗い光の中で、黙々と口いっぱいに頬張っている。
アイドルでもない、専門のスタッフでもない彼女にはどうも居場所がないらしい。
「これは西木澪という、奇妙な人間です。今は主食のおにぎりを与えたのでご機嫌です。私が昨年10月に、ドリームテイルに引き入れました」
次はリハーサルを終えた皆に「お疲れ様」と言いながら次々とペットボトルの水を渡している様子だ。ペットボトルに付けられた目印を丁寧に確認している。
部活動でもない、プロのアイドルでもないという中途半端なドリームテイルだが、その行き当たりばったりな活動形態が彼女たちの微笑ましい情景を作り出す要因の1つだ。
「ありがたかったです。澪はアイドルの笑顔が好きですから、ステージの最終確認を終えた皆に水を分け与えています。ほら、もちろん私ももらいました。冷たくておいしかったです」
なぜか、新しい生物の解説かのように進んでいく動画。文音の少し毒のある語りで笑えてくるとともに、ファンは「れい」から目が離せない。
「ああ、またやっていますね。彼女はこのような愛情表現をします。サイリウムを何本も一気に光らせるのです。前からさらに本数が増えていますね。舞台裏からなんて、見える訳がないのに。明らかにやりすぎです」
「さて、ここからが澪の生きがいです。皆さんが私たちを呼び戻すとき、彼女は皆さんの背後にいました」
不思議な言い回しだが、それはアンコールのことだった。
会場の出入り口、確かに自分たちの「背後」だ。「アンコール」の声が漏れだす中で、専門のスタッフたちとともに「れい」は大きな段ボール箱を抱えて来た。その場でテープを貼って組み立てている。
「ファンの誰もが思っていることを行動に移すなんて、すごいですね」
「いやー、ファンが会場設営に口出しできるなんて絶対あり得ないじゃないですか!だからこそやろうって思ったんです。最初は咄嗟の思い付きだったけど、今はこうして正式にできるようになりました」
スタッフと会話しながら、「れい」は箱に大きなビニール袋を被せ、貼り紙を付ける。すると、あの日ファンの誰もが目にしたものが完成した。
「これは銀テープを分け与えるための箱と、使い終わったサイリウムを処分するための箱だそうです。皆さんも、先日使ったのではないでしょうか。これは、澪が「置こう」と言い出したものでした」
箱を準備したら、真っ先に「れい」はさっき自分が使ったばかりのサイリウムを次々入れていく。一体何本折ったんだ。箱が完成する頃には、ドリームテイルの代表曲が聞こえてきていた。
「澪は、皆さんが全力で声援を届けられる場所と、皆さんが笑顔で帰ることを心から望んでいます」
まさかアンコール中にこんなことが行われていたとは。なぜだろう。「れい」への評価が自分たちの中で少し変わったように感じる。
いつものようにフェードアウトし、終わったかと思われた動画はぱっと変わった。 明るくなり退場が始まった会場で、「れい」が銀テープの団子を抱えて走り回っている。
後ろのブロックで、それを1本ずつ渡している。そういえば、やけに動き回っているスタッフがいた、と話題になっていた。それが「れい」だったらしい。
「1人でも多くの皆さんに銀テープを持って帰ってもらうために、床に落ちたものをかき集めていますね。澪がお騒がせしました」
文音の声で語られる、棘のあるユーモアで動画は締められた。しかし、「澪」で「れい」と読ませるとは。変わった名前の裏方だ。
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「私、新種の生物かなにかで……?」
「気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさい。少し突き放すくらいでないと、あなたに何かしらの情けをかけてここに引き入れたのかと、勘違いされてしまいそうだったので」
「うむむ。まあ、いっか!ウケはいいし、またコスプレやれそうだね」
「ええ。私のMVも多くの人が観てくれています」
汚名返上かどうかは分からないけれど、少なくともマイナス評価ではなくなった。
『文音ちゃんの生態観察するつもりが澪の生態観察させられてた』
『オタク心分かってるあの箱、あんただったのか……』
『サンドさん素でも可愛いって信じてたよおおぉぉおお』
文音ちゃんはこの結果を見て、完全に悪者の顔で笑みを浮かべていた。
「次は、澪さんの歌でも投稿してみましょうか?」
「いやいやいや!まだそれはハードル高いよ!」
「今のあなたなら、跳び越えられる高さでしょう?」
「どうかな~……。あはは……」
サンドさんの素の姿、つまりは私の存在が受け入れられたことで、文音ちゃんの無茶振りはさらに加速しそうだった。




