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創世記と恋物語  作者: みいみ
創世記と恋物語 -道連-
24/53

【11-2】断崖

 文音ちゃんと私は2年生になった。その少し前から決めていたことで、2周目のソロ曲、文音ちゃんは異例のカバーで行くことになった。選んだ曲はかなりの年代ものだった。しかも、バラードときた。

 何十年も前の曲を、貴重な新曲の枠をつぶしてまで出すと言い出したのでドリームテイルのみんなは耳を疑った。私は椅子から転げ落ちそうになった。もっといい曲をいくらでも紹介してあげられるのに。

 

 しかし、文音ちゃんの選曲理由は皆をあっさり納得させた。

 数年前、アニメの声優さんたちで年代物の曲をカバーするアルバムが出たらしい。

 そこにマリンきゅんの声の主が参戦し、それを文音ちゃんはずっとマリンきゅんを想いながら聴き続けていたそうだ。


「話題性に欠けることは分かっています……。でも、私はこの歌が好きなのです。やらせてください」


 きっと、コスプレライブから今日までのうちに、文音ちゃんがアイドルを続ける理由が少しずつ変わっていったんだ。

 それは小説のネタ集めでも、有名になることでもない。とにかく、今しかできない「アイドル活動」という手段で自分の好きを表現したいんだ。


 そこからの文音ちゃんは、苦悩の連続だった。せっかくの好きな歌だから、少したりとも妥協したくないという。気持ちは大いに分かったけれど、その頑張りはあまりに痛々しかった。歌詞が書かれた紙はもう書き込みだらけだ。元々印刷されていた文字がどれなのか、もう文音ちゃん本人にしか分からないレベルになっている。


「文音ちゃん、もう十分上手だよ……。声もしっかり出てるし、音程も十分取れてるって」

「いいえ、この程度では私の気持ちは届きません。何か……。何かが足りない。もう1度やらせてください」


 そんなやり取りが幾度となく繰り返され、レコーディングが終わらない。録音してはぶつぶつと反省点をつぶやきながら、文音ちゃんは前髪をかきあげている。


 「文音ちゃん、ヘアクリップ……使う?」

 「……ありがとうございます」


 結果として、文音ちゃんの2周目のソロ曲は公開延期となってしまった。

 この舞台裏を知らないままだったら、ここからの1か月は本当に寂しかっただろう。

 

 実を言うと、私も特大の試練を抱えていた。あのサブチャンネル『夢物語の片隅で』が、現在進行形で燃えている。


 ことの発端は、先月投稿した10本目の動画。猫耳仮面『朱音』ちゃん爆誕の回だ。そこに私は盛大に素の姿で映っていた。

 自分でも、ドリームテイル内で顔面偏差値は見劣りする方だと思っているけれど、ここまで怒られるとは想定外だった。

 2人ともアカウントの権限は持っているけれど、チャンネルを運営することは私に委ねられていた。だから、文音ちゃんはこれをまだ知らないはずだ。


 「文音ちゃんに見つかったら、余計苦しませるよね……」


 例の動画には、文音ちゃんに対する「可愛い」をはるかに超える私への「担降り」のコメントがついていた。


『サンドさんの素顔、どうしてこうなった』

『急に解像度下がった サンドはゴーグル外してもイケメンなのに』

『文音ちゃんに夢見せてもらえてよかったね 現実におはようと言って』

 

 ああ、どうしよう。罵詈雑言のコメントがすべて図星だとこんなに苦しいのか。誹謗中傷が重い罪と罰になってきているのは大げさじゃないって今ならわかる。

 忙しくなった文音ちゃんが動画に出られないであろう期間を、私1人で何とかするつもりだったのに。


 仕方ないので、どちらが撮ったのかはっきりしない感じの動画でつないだ。

 ちょうど『クリミナル・クリスタル』のガチャガチャが盛り上がっていたので、奮発して5回くらい回してきた。マリンきゅんは出なかった。サンドさんはそもそもラインナップにいなかった。


『文音ちゃんならマリンが出るまで粘っただろうな』

『にわかの仕事すぎる』

『文音ちゃん戻ってきたら教えてね もう休んでいいよ』


 誰の目にも分かるくらい、私も精神がごりごり削られた。ドリームテイルの中にいるときはアイドル語りが止まらない私だったけれど、ものすごく無口になった。自分に突き付けられたコメントが目に留まるのが怖くて、SNSや動画サイトも見る頻度が極端に落ちた。その代わりに、鏡を見ることが増えた。


「一体、どこがいけなかったんだろう」


 私はずっと、俗にいうアキバ系オタクのような感じだった。長い黒髪も、単に伸びっぱなしなだけでファッションにも無頓着だった。メイクだって、コスプレをしだす前はほとんどしたことがない。

 さらに、文音ちゃんにこの事態がバレた。きっと、メンバーの誰かから「サブチャンネル、まずいことになってるよ」とでも聞いたんだ。文音ちゃんから鬼電された。


「なぜ早く言わなかったのですか」

「だって……。文音ちゃんはソロ曲できるまで動画どころじゃないよなって思って。それまで投稿を絶やさないのが、私の役目だし……」

「違います、投稿頻度の話ではありません。あなたが傷つけられていた方です」

「ああ、あれは……。私の顔面偏差値バカ低いのがいけなかったんだ。今まではサンドさんのゴーグルで隠せたから見逃してもらえたけど。もう私にも、どうしたらいいのか分からない……」


 もうこれで、2人の夢は終わりだ。『夢物語の片隅で』はサブチャンネルなんだからいつやめても問題はない。このままフェードアウトしよう。そう告げようとした時だった。

 文音ちゃんは少し冷たく告げた。


「世界が、あなたを知らないままなのがいけない」

「えっ……」

「私は今、アイドルとしての私と、コスプレをする『トルマリン』、そして先日お見せした『朱音』の、3つの顔を使って生きている。それは分かりますね」

「うん」

 

「それだけ、私は自分の様々な面を大衆にさらしています。世界はあなたを、何も分かっていない」


 電話の向こうなのに、文音ちゃんがあの綺麗な赤い瞳で私を見つめている姿が頭に浮かんできた。

 

 「あなたが陰でどれだけ私たちを支えているか。あなたなしで今のドリームテイルは成立しないことを、何人が知っているか。それは、私たち11人くらいでしょう」


 私はぐうの音も出ない。


「澪さん。『夢物語の片隅で』の、今のフォロワー数は何人ですか」

「……だいたい2万」

「では、残りの1万9989人は、あなたの真の姿を知らない。未知の物事を、人は恐れるものです。私の『朱音』としての姿も、あなたにとても怖がられてしまいましたから」


 一体、何が起きようとしているんだ。文音ちゃんは私に何をさせるつもりなのか。


「4月29日、私たちのライブがありますね。私はそこで、あの曲を完成させます。今は未発表ですが、翌日にはMVも公開する予定になっています」


 文音ちゃんは、大ピンチの私に手を差し伸べてくれた。それは、優しさだけじゃない。いつも文音ちゃんの電話はほぼ囁き声なのに、今日は違った。

 

 「そして、あなたはそのライブの舞台裏を収めてください。あなたの働きぶりを添えて。あなたの名前も、知らしめましょう。2人で、必ずこの危機を乗り越えましょう」

 

 文音ちゃんの声色は強引で、わがままで、「諦めたくない」という気持ちに満ちていた。

 

 文音ちゃんは、私のことをサンドさん・マリンきゅんタッグと同じ、「背中を預けられる共犯者」として見ているんだ。これは、私の考えすぎだと思いたい。

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