【10-2】誕生
春休み。動画の更新を続けるべく、律義に10日に1回のペースで私と文音ちゃんは顔を合わせていた。
会える時間の大半がコスプレの準備と動画撮影で消えてしまうけれど、それでも「一緒に何かができる」こと自体がものすごく幸せだった。
一体今日はマリンきゅんこと文音ちゃんにどんな無茶を強いられるのかな。
ワクワクしながら練習室の扉を開けると、マリンきゅんでも文音ちゃんでもない、何かがいた。いや、文音ちゃんだけども色々想定外な状態になっていた。
ディスカウントショップで買ってきたであろう和風の可愛い衣装に身を包み、小さめの太鼓を肩から提げている。振り返った文音ちゃんは、猫耳と鈴のついた仮面をつけていた。
一体何のドッキリ企画なんだ。いきなり新キャラを生み出して、素のサンドさんを怖がらせましょう!そんな回か。
部屋の隅っこで、文音ちゃんの携帯が立てかけられているのを見つけてしまった。もうカメラは回っている。そういう企画だこれは。
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3月上旬投稿『誰!?』
この日に投稿されたのは、サンドとマリンが両方ともいない異様な動画だった。
動画は、見たことがない衣装の文音が小さな太鼓を提げて、準備運動かのようにバチを振っている場面から始まった。
こちらに視線をやる彼女は、なんと仮面をつけている。こんこん、といつもの練習室の戸をノックする音にぴくっと反応する姿が可愛らしい。
「文音ちゃーん、お待たせー……。文音ちゃん?」
いつもはこのタイミングで返事があるのだろう。ゆっくり入ってくると素の"サンドさん"はフリーズした。
「あ――……。ど、それは、一体……?」
一瞬、彼女と視聴者の視線が合う。
「にゃ……」
まぎれもなく文音の声で、見ているファンも心臓が止まりそうになる。彼女が首をかしげると、かすかな鈴の音が聞こえた。仮面は仮面でも、猫耳と鈴のついた可愛らしいものだ。
「あらかわいい!どうしたの~!」
大抵こういう時、猫側はどうもしていない。猫を可愛がる人間にありがちなことを"サンドさん"は自然に回収していく。
「にゃんっ!」
どんどんっ!
急に、文音は提げていた太鼓を力いっぱい打ち鳴らした。その後もくるくると部屋を歩き回りながら、想像以上に激しい演奏を繰り広げる。これには"サンドさん"も開いた口が塞がらない。
壁に張り付いて、突然の大音量に耳をふさぎかけていた。
「ま、マジで何!?ほんとに何!?」
"サンドさん"は見るからに大混乱している。彼女が本気で驚いていることに気づいたのか、それとも飽きたのか。仮面をつけた文音は彼女にそっと寄り添った。
隣にぴたっとくっついて、にゃんにゃん、と鳴きつつ今度は優しく太鼓を叩いた。
「~~~~っ!?」
"サンドさん"の、言葉にならない叫びで、動画はフェードアウトしていった。
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「マッッジで何!?怖いんだけど!びっくりした!」
私は突然与えられた飴とムチ、追加で食らわされた砂糖のはちみつ漬けに、心拍数が人生最高記録をたたき出している。
「あなたを驚かせようとしました。なので私の勝ちですね。まぁ、いずれは見せるつもりでしたが」
文音ちゃんは太鼓を下ろして、仮面も外す。そして、ぱたぱたとメガネケースを取りに行き、戻って来た。
「あの、どういう経緯でこれが生まれちゃったの」
「これは……。私がまた誰かの前で太鼓を叩きたくなった時の……。自己暗示のようなものです。この衣装と仮面をつければ、怖くない。そう自分に強く言い聞かせました。素直に、『朱音』とでも名付けましょうか」
「怖く……ない?待って、太鼓、怖いの?小さい頃はあんなに楽しそうに演奏してたのに」
「中学生の頃に……。色々ありまして。長くなりますし詳細は控えます」
「そっか。まあ無理して話すことないよ。文音ちゃんの演奏が聴けるだけでも、私は感謝しないと!」
「そう言ってくれる人が……たくさん周りにいてくれたら……。私は……。はぁ」
なんてことだ。私がもっと早く文音ちゃんを中学校で見つけ出していれば、一緒に怖さを乗り越えることもできただろうに。いや、そもそも怖くなること自体を私が全力で阻止したかった。
こうして、文音ちゃんは文学少女、マリンきゅんコス、そして謎の猫耳仮面『朱音』ちゃん。3つの顔を使い分けるようになった。




