【07-2】並立
ついにコスプレライブ当日になった。皆思い思いのコスプレで完全武装して、気合十分だった。私を除いては。
鏡や、携帯の画面に反射する自分は確かにサンドさんしてる。ごついゴーグルの下も、きりっとしたアイメイクを施してある。それでも、まだ怖い。
隣にいる文音ちゃんも、マリンきゅんコスに身を包んでから一言もしゃべってくれない。
「あ、文音ちゃん。やっぱり怖くなってきた……。いつもこの緊張感をどうやって乗り越えてきたの……?」
「サンド、お前はもう何も考えず、練習通りやればいい。もう身に沁みついてるんだろ?」
「う、うん……」
ひええっ。文音ちゃん、中身まで武装してた。もはや私の隣にいるのは文音ちゃんじゃなくてマリンきゅんご本人だ。そんな錯覚に陥りそうだ。
お話したら、私も少しは気がまぎれるかな。それこそ、サンドさんに私もなりきってしまえばいい。そんな気がした。
「ま、マリン」
「なんだ」
「コート、暑くない?今は大丈夫でも、踊ったら暑い、だろ。きっと」
「忘れたのか?サビの前に脱ぎ捨てる。何度も練習しただろ」
「あ、そうだった……」
「不安か?」
「怖すぎる。ずっと、間違えたらどうしようって」
「俺の後を追って来るまで隠れ家に引きこもってたからな。お前は。まさか舞台で歌い踊るなんて、大冒険だろ」
え、そうなんですかアレキサンドさん。アニメを見返したらバイク乗り回してフットワーク軽そうに見えたんですけど。最後のシーンだってそうだった。
それは公式のどこかにある話なのか、文音ちゃんの妄想の範囲を出ないのか。非常に気になる。気になりすぎる。
ステージの方から歓声が聞こえる。ついに、私たちの1つ前の子がパフォーマンスを成功させたんだ。
「さあ、出番だぞ」
「ああ、もう戻れない……怖い……」
「落ち着け、お前はそこまで怖がりな奴じゃない。俺たちがやるしかないんだ。行くぞ」
「う、うん」
マリンきゅん……もとい文音ちゃんと、スポットライトの下に立った。
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「え、文音ちゃんがマリンに!?」
「きゃ――――っ!文音ちゃ――ん!」
「あれ!?まさか12人目!?」
いつもの文音ちゃんならびくっとして反応するファンの声にも、今日のあの子は眉ひとつ動かさない。
「七星という女の代わりに俺が来た。サンドのことは……。まあ多めに見てやってくれ」
そんなことを言っても、声色で文音ちゃんだと誰もが分かる。だからこそMCも最低限に、いきなり歌いだす。それが文音ちゃんの用意したシナリオだった。
もうこれは、ライブのいちパートなんかじゃない。立派な劇だった。
曲は滞りなく進んでいった。当初複雑だった振付も、初心者の私に合わせてかなり簡単にしてくれた。その譲歩を、無駄にしたくない。したく、なかったのに。
――壊れゆく世界に、手を伸ばせ。救いたいと願うのなら。
肝心の、サビでマリンがコートを脱ぎ捨てるところだ。少し離れて、サンドが華麗にキャッチ。舞台袖で待つ皆に預けて、すぐに戻る。そういう算段だった。
運悪く、それは私の顔面にぼふっと直撃した。大慌てで舞台袖に行き、コートを渡す。
戻ろうとしたその瞬間、足が動かなかった。
大好きなマリンきゅんに扮して、彼に捧ぐ曲を歌う文音ちゃんがあまりに綺麗だったから。そして、その隣に立つ私が、その輝きを曇らせていると悟ったから。
「澪さん……?大丈夫?早く行ってあげないと!」
「うん、でも、でもっ……」
ゆめみちゃんにそう言われた。言われなくともそんなことは分かり切っていた。それでも、もう身体がこわばって1歩も踏み出せない。
ゴーグルに涙が落ちていく。今度こそ、もう歌えない……。
突然、ステージの光が遮られる。顔を上げると、文音ちゃんがいた。逆光で顔こそ見えないけれど、きっと怒っていただろう。文音ちゃんの夢を、私がめちゃくちゃにしてしまった。
「っ……!ごめんっ……。私、もう……。やっぱり私じゃだめだったんだ……」
――止まらない時間を受け入れて。
文音ちゃんは歌いながら、泣きじゃくる私の手を無理やり引っ張っていく。
曲は、もう半分以上終わっている。
「何をしている、サンド!お前はそんな臆病者じゃなかっただろ!」
「だって、あや……マリンが、すごく眩しくて……。でも、自分はこんなに情けなくって……」
折角の歌詞も、歌われないまま背後のスクリーンに流れ続けている。視界の縁に入った音響さんが曲を止めようとするのを、文音ちゃんは手振りで制止した。
ラストスパートに向かう曲も無視して、あの子は心の内をぶちまけた。
「サンド、せっかくここまで……練習してきたじゃないか!」
「で、でも……。せっかくの歌も、ダンスも、台無しにしちゃった……」
次の瞬間、サンドさんのゴーグルは投げ捨てられてしまった。その代わり、やっと文音ちゃんの表情がはっきり見えた。
文音ちゃんも、怖かったんだ……。
「いいからっ……。歌え――っ!」
文音ちゃんか、マリンきゅんか、どちらから来たのか分からない叫びとともに私は背中合わせにされて、客席から見えない方の手は痛いほどに繋がれた。
最後のサビを、あれだけ練習したダンスもせず歌い続ける。その熱気まで届くスポットライトは、彼の最期と重ねざるを得なかった。
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――その結末が、破滅だとしても。
――君の隣で、未来を見たい。
『閃光の向こう側』。文音ちゃんがこの曲につけたタイトルは、あの2人に生きていてほしかった、という文音ちゃんの願いに満ちていた。




