【06-2】相違
なんと、私のライブ出演は快諾されたらしい。前にゆめみちゃんと会っていたことが大きかったそうだ。
「澪さんを今度のハロウィンライブにゲストとして招きたいのですが」
「澪さんって……?どちら様……?」
「あの人なら大丈夫!文音ちゃんの友達だよ」
そんな感じで参加が決まったんだ。たぶん。画面越しに見てきたドリームテイルのみんながお決まりだという練習場所で、私の目の前に勢ぞろいしている状況に死にかけたけれど、文音ちゃんのサポートという重大な役目がある。何とか耐えた。
みんなが魔法使いや黒猫、キョンシーまで様々なお化けっぽい衣装をそろえていく中でのこと。文音ちゃんはマリンきゅんの代名詞ともいえるノースリーブの衣装に、いかにもな赤いコートも用意していた。文音ちゃん曰く、マリンきゅんのモデルは「レッドトルマリン」という宝石らしい。だから赤なのか……。愛称は「マリン」なのに……。
「衣装代、高そう……」
「そうでしょうか。思っていたよりは安くできました。皆さんの衣装は派手ですが、私たちは既製品を集めれば出来上がってしまうので……。特にこのコートは古着屋さんで見つけましたから」
見るからに重たそうな、ファー付きのコートを文音ちゃんは愛おしそうに眺めている。10月に着るにはまだ暑い気がした。
「そしてこちらがあなたの、アレキサンドの衣装です」
あの衣装がよく見つかったもんだ。髪の色は彼を調べるうちに諸説ある感じだった。髪色に諸説ってなんだ……?
文音ちゃんは暗い赤を選んできた。短い髪だけど、毛先に向かって紫になっていくグラデーションになっている。
「あのさ、サンドさんの髪色……。調べたら色々出て来たんだけどあれは何……?」
「アレキサンドは、周りの明るさで髪色が変わります。元になった宝石が、当てられる光によって色を変える不思議な性質を持っていることに由来するそうです。今回は会場が暗いので、赤い髪です」
「へぇ……」
私はぽかんとするしかなかった。アニメ、もう1回見返そう。
「では、一通り着てみましょうか……。大丈夫です、私も初めてですから」
人生初の本格的なコスプレだ。生きてるうちにできるとは思っていなかった。文音ちゃんに感謝しないと。ただ、それが男装というのは想定外だった。
そっと着替えスペースを出ると、私の方が先だった。メイクもなしにするコスプレは結構むなしかった。
「あ、あの、澪さんっ」
「どうした?どっか引っかかった?」
衝立の向こうで、何やら困っている様子の文音ちゃん。チャックを引っ張るくらいならしてあげるけどそれ以上はちょっと遠慮したい。
「その、トルマリンがこんなに華奢でいい訳ありませんっ……」
「えっ」
願っていたシチュエーション、来たっ……。ここから私は文音ちゃんを全力でフォローするんだ……!
「トルマリンはもっと、こう、力強い人です。これではとてもっ……」
ただ、あの子のあまりに切実な言葉にそんな煩悩は吹き飛んだ。
「うん、出来たら1回出ておいで、それからまた考えよう?」
私の声に応えて、文音ちゃんはすぐに出てきた。マリンきゅんの派手な赤い髪の方が、細い腕以上に猛烈な違和感を発している。メガネをかけたままで、尚更アンバランスだった。
「やはり、似合いませんね……。私では、トルマリンに遠く及ばない……。お化粧も、ちゃんとできるか不安です……。どうして私はあんなことを言ってしまったのでしょうか……」
「いやいや、大丈夫!私だってゴーグル外したら、イケメンなサンドさんとは似ても似つかない貧弱な顔だよ、あはは」
「はぁ……」「どうしよう……」
上手くいく予感はしていなかったけれど、まさかこんなにコスプレが高い壁だとは。
文音ちゃんのメイクは、常日頃からよく見ないと分からないくらい薄かった。前髪大騒動の時、初めて瞼にラメを乗せている所を見たくらいだ。
「文音ちゃん、てっきりアイドルしてるからメイクには慣れてると思ってた」
「いえ、むしろお化粧は苦手分野です……」
「そうなの!?じゃあ、あれは素でかわいいってこと!?恐ろしい子……」
「そう解釈されるのなら何よりですが。苦手というより、嫌悪の気持ちが強いです」
「けん、お……!?」
これが個人的な場所でよかった。全アイドルの地雷を踏み抜きかねない爆弾発言だったよ今のは。
「な、どうしてそんなにメイクが苦手なの?」
「私に、お化粧は自分を偽る行為に見えています。だから、はしたないように感じられるのです」
「まあ、そりゃあ……ね……。確かに大変身できるけども」
今の時代、ネットでは別人級のメイクをして皆を驚かせる人がごまんといる。またすごい方向へ飛び火しそうな話になって来た。
「幼い頃誰もが1度は憧れるものでしょう。しかし、大人になるにつれそれは義務、あるいは欠点を隠すためだけの手段になっていく。それが、私は苦しい」
「っ……!」
欠点を隠すための、手段。それは一理ある。ある人は丸顔が悔しくてシェーディングにすごくこだわる。またある人は、綺麗な形の眉毛じゃないとコンビニにも行けないと語る。
私はめんどくささに負けてやめたけれど、うちの学校でも二重瞼になろうとのりとかテープで頑張る子がいっぱいいる。
小さい頃はメイクが魔法のようで、家族のコスメに手を付けた人だって多いだろうに。
文音ちゃんのこれは、爆弾発言では片づけられない話に思えてきた。すべてのメイク経験者に、「あなたはどうしてメイクをするの」と問いかけるような……。
「それに、高価な化粧品で飾り立てることも、安価なそれで工夫を凝らすのも、どちらも滑稽に見えてしまって……。もはや私は、アイドルとしても失格なのではないかと……」
「待って、そこまで思いつめなくても!事実、文音ちゃんはナチュラルメイクでもうまくやって来たわけだし!」
「しかし、あれではとても、トルマリンには……」
私は文音ちゃんの手を取る。気の利いたことは何も言えないけれど、文音ちゃんにマリンきゅんコスを諦めてほしくない。
「文音ちゃんの話、私もはっとさせられた。だけど、もう衣装揃えちゃったし、皆にも言っちゃったし。後戻りはできないよ。一緒に頑張ろう」
「では、もう少しだけ……」
「うん。少しずつ、マリンきゅんとサンドさんを目指そう」
まずは文音ちゃんが感じているメイク嫌いの克服からか……。
文音ちゃんが作詞して、他のメンバーに曲を付けてもらったというコスプレライブ専用の曲を、私たちはひたすら歌って踊って練習した。
いくらドルオタとして暮らしてきても見るのとやるのは訳が違う。この苦労を身体で知ってしまったら、全国のアイドルにますます頭が上がらない。
「ごめん、また逆だった!」
「はぁ、はぁ……。だめだ、後半は息が苦しい……」
「踊るのに夢中で歌えない……もうだめだ――っ……」
そのたびに文音ちゃんは何度も振付を教え直してくれた。ここでは同い年のはずの文音ちゃんが大先輩に思えた。
「大丈夫です、もう1度最初から行きましょう」
「鬼か……?」
コスプレの仕上げも確実に前進していた。
マリンきゅんの派手な印象に合わせて、コスメは独断で私が買ってきた。
「どうよ、なんとこのリップは『トルマリン』色なんだって!」
「なるほど……。同名の色が化粧品にも存在しているのですね」
「これだ!って思って取り寄せたんだ。気に入ってもらえてよかった〜!」
度入りのカラコンを入れて、メガネをしなくてもよく見える!と感動されたときはとうとう我慢できず笑ってしまった。
ついに完成した、マリンきゅんコスの文音ちゃん。普段の気弱な感じは、パッと見た感じどこにもない。いつもの憂い顔も、コスプレ効果で彼の最期に詰まった儚さが強調されている。
こうなると不安要素は私になる。ステージ上で素を出さずにサンドさんでい続けられるかが大問題だ。
「あなたはいつも通りで構いませんよ」
「え?そうなの?でもサンドさんって無口でクールじゃん」
「そう思われがちですが、彼は二次創作では陽気に描かれていることも多いです。彼は気障な自分を演じている……という解釈もありますから」
「はへ――。文音ちゃんに言われると説得力違うわ……」
コスプレライブまでの日付は、あとわずかだった。
文音ちゃんと、まさか、まさか2人並んでステージに立つ日が来るなんて。人生、何が起こるか本当に分からない。
ライブ前夜、私は自分のベッドの中で『クリミナル・クリスタル』のアニメを眺めていた。傍から見ればただの夜更かしだけど、ただ見ている訳じゃない。全ては、明日サンドさんになりきるためだ。
ただ、マリンきゅんとサンドさんが一緒に映っている所は本当に、10秒にも満たなかった。2人が言葉を交わしたシーンすら見当たらない。
2人の死に際は対照的だった。マリンきゅんは壮絶な死という感じだったけれど、サンドさんはあっけなかった。
物語はあっという間に、サンドさんとマリンきゅんの死に際になってしまった。
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持ち主の願いを1つだけ、何の確認もなく叶えてしまう『クリスタル』を手に入れた主人公、ダイヤが持っていた「世界平和」という願いがそれによって叶えられるまでの物語。それが『クリミナル・クリスタル』だ。
持ち主の願いには絶対服従の『クリスタル』の力で、世界をねじ曲げる大惨事が巻き起こる。
ダイヤは「もう止めてくれ」と『クリスタル』に願ったが、それが叶えられる願いは1つだけだ。
最終的に、世界からあらゆる争いが消えた。厳格なルールに基づいた完璧な平等と、無個性で無感情になった人間だけが残された……というストーリーだ。
どうすれば、あの世界は助かったのか。『クリスタル』を止める方法はなかったのか。多くが謎に包まれて、流行が去った今でもファンたちは熱い議論を繰り広げているらしい。
『ダイヤ、お前のせいで世界が混沌に陥った。早くそれを手放せ!』
『違う、僕は……。こんな世界を望んでなんかいない!ただ皆が笑って暮らせる世界を、ほんの少し願った。ただそれだけなんだ!』
『その純粋な心は認めてやる。だがその石は危険だ。仕組みこそ分からないがそれが元凶なのは一目瞭然だ!』
『待って……!来ちゃダメっ!』
トルマリンは、ダイヤが抱える『クリスタル』に手を伸ばす。
危険人物として頑丈な隔離施設へと閉じ込められたダイヤに、トルマリンは直接接触を試みた。『クリスタル』を持ち主の元から強引に引き離せば、この惨事が止まると彼は考えた。『自分がやらなければ』と焦りを見せる彼の姿が不安でアレキサンドも後を追ってきていた。
彼のトレードマークであるゴーグルは、ただのゴーグルではない。相棒のトルマリンや問題の『クリスタル』の位置を捉えるレーダー付の優れものだ。
『マリンっ……!』
アレキサンドが施設にたどり着くと同時に、施設の窓から閃光が放たれた。ガラスが割れる音とともにゴーグルからトルマリンの反応だけが消えて、ゴーグルに赤い水滴がぽたぽたとつく。
ダイヤの望みを阻んだトルマリンが消された。つまり、その仲間のアレキサンドも敵だと『クリスタル』は判断したらしい。彼はその場に膝をつき、静かに命を落とした。
慄くダイヤの目の前で、血まみれになって無残な死を遂げたトルマリンがわずかに映るこの瞬間は、『クリミナル・クリスタル』の中でも特に悲劇的な場面だ。
『誰か……止めてっ……』
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ダイヤの引きつった声とともに、エンディング曲が流れ始めた。やっぱりマリンきゅんの死に方が強すぎる……。2人のシンメっぷりは分かったけど、これは1周見ただけじゃ忘れられちゃうよね……。
文音ちゃん、本当にマリンきゅんとサンドさんが好きなんだ。




