【04】始動
※別ルートと共通の内容が含まれます。
物語が変化するのは【05-2】からです。既読の方は飛ばしていただいても構いません。
カフェで話したゆめみちゃんからまた電話がかかってくるといけないので、電話帳に登録しておいた。私、今アイドルの連絡先持ってるのか……。
とりあえず、文音ちゃんが入ったグループ『ドリームテイル』のチャンネルをフォローしてみた。画面の隅に映りこむ文音ちゃんを見つけては胸が締め付けられる。あの子は変わらず可愛いのに、もう二度と手が届かない場所にいる。
文音ちゃんの自己紹介動画を見つけたときは心臓が止まるかと思った。少しうつむいたまま話す文音ちゃんが、信じられないくらい可愛かった。
「あ、ぁ、初めまして……。七星、文音といいます……。普段は、小説を読んだり、思っていたものが見つからないときなどは自分で執筆もしております……。えっと、あと……。ああ、アイドルを始めたのは、小説の題材を探しているからです。私含め、アイドルたちがこの場所で複雑に絡み合って、様々な障壁を乗り越えていく。その結果、どのような物語が見られるのか、確かめてみたいのです」
動画の中の文音ちゃんは、ずっと視線がウロウロと泳いでいた。猛烈に緊張しているのがこちらにも伝わって来る。
「え、好きなもの?それは先ほど小説だと……。ああ、待って、言います、言いますからっ……!えっと……。私、このような身ですが、1作だけマンガも読了しておりまして……。『クリミナル・クリスタル』……大好きで……。特に、トルマリンとアレキサンドの関係が……」
わお、情熱的。文音ちゃんの口から飛び出したタイトルは、誰もがタイトルくらいは知っている社会派ダークヒーローもの『クリミナル・クリスタル』だった。ダークな主人公に立ち向かったバディ、『トルマリン』と『アレキサンド』が好きらしい。
「もう、いいですか……?不純な動機と感じられてしまうでしょうか……。やるからには精一杯、アイドルとしての役目を果たします。どうか、見守ってくださると幸いです」
小説が好きなのは文音ちゃんを見ていれば分かるけれど、マンガも好きなのは知らなかった。『クリミナル・クリスタル』かぁ……。私も、アニメは見たな。文音ちゃんが好きなマリンきゅんは通だなって分かるけど、その相方は……。アレキサンドさん、存在は覚えてるけど、どんな人だったっけ……。
またある日投稿された動画を目にして、私は天を仰いだ。後姿だけれど、文音ちゃんが太鼓を叩いている動画がついに載せられた。
少しだけ演奏して、振り返って、「恥ずかしいですから」とかすかなボリュームで言っていたのが可愛かった。再生回数を見ると、この1本だけがすでに恐ろしい勢いでそれを伸ばしていた。
少しさかのぼっていくと、文音ちゃんがサムネになっている動画の再生数が全部じわじわ増えている。人気者になる文音ちゃんが誇らしい。コメントにも驚きの声が書き込まれていた。
『え!?文音ちゃん!?』
『この子こんなにかわいかったんだ』
『前髪ゆるゆるで笑える』
そんなコメントがいっぱいあった。
見逃していた他の文音ちゃんの動画も一気に見てみるとついにあの子が歌って踊る姿を拝めた。ステージの隅でがちがちになっていた。
メンバーカラーらしい黒の衣装が文音ちゃんの落ち着いた雰囲気によく合っていた。やる気がないんじゃなくて、やろうとしてもこれが今の限界!というのは私がよく知っている。つもりだ。
アイドルとしての文音ちゃんのSNSもフォローしてみた。毎日小難しい投稿が流れてきて理解がちょっと難しい。だけど、生きてるのが分かるだけでとても嬉しかった。
『練習で、皆が一斉に床を踏みしめる。私がそれを乱してしまうのは、より罪悪感を持ってしまいます』
『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。私たちから、皆さんのことは本当に見えている。あれが方便ではないことが、自分で舞台に立ったことでようやく理解できました』
『ひらひらと舞うリボンやスカート、そんな愛らしい衣装が、私には眩しすぎる。残された時間で堂々と身に纏える日は来るのでしょうか』
お堅い口調でも、毎日文音ちゃんの健気な努力が見て取れてドキドキする。今日はどんなことがあったのかな。
今日は珍しく、写真付き。しかも自撮り。それよりびっくりしたのは全開になったあの子の目もとだった。相変わらず視線はそっぽを向いている。
おでこを出して綺麗に編み込まれた前髪と、瞼に乗ったきらきらのラメが可愛すぎる。というか文音ちゃんの瞳って、赤かったんだ……。
『イメージチェンジを「イメチェン」と略すことに、いい気分はしない……』
いつもより切れ味が悪い文から動揺しているのが伝わってくる。ぐんぐんいいねが押されてリプライが大量に届いているのを眺めていることしかできなかった。
しばらく眺めていると、「前髪返せ」という言葉がトレンドを駆け上がって来た。金曜の夜で映画の特番もやってるのに、それも無視して数が増えていく。
怖いもの見たさで開いてみたら、刺々しい言葉がなだれ込んできたので速攻アプリを閉じた。
『文音ちゃんの前髪こそ正義』
『ノーメイクなのが好きだったのに』
『文音さまを俗なもので汚さないで!』
む。「さま」って何よ、「さま」って。まあ、メイクが俗っぽいのはちょっとわかるけど。高校1年目、2日で挫折し眠っているコスメたちに目をやりながらそんなことを考えていた。
勝手に名付けるなら、前髪大騒動。私がお風呂に入って出てきてもまだSNSは荒れ模様だった。
翌朝、あの後文音ちゃんのSNSがどうなったのか確認してみると、流石にグループ全体のアカウントが鎮静を図っていた。どうも普通にメンバーの気まぐれで起こったことだったらしい。
前髪アレンジだけでこれだけ世界をめちゃくちゃにした文音ちゃんは、恐ろしい子だ……。
ついにドリームテイルのメンバーが歌うソロ曲が順番に公開され始めた。最後に入った文音ちゃんは、当然最後だろう。
お祭り騒ぎでコールが楽しそうな曲、世間へのアイロニーが詰まった衝撃作、色々な曲が続いた。文音ちゃんはどんな曲を繰り出すんだろう。
答えは、文学少女全開の曲。『綺羅星』というタイトルらしい。艶のある深い緑色。ロングスカートのワンピを着て、本を片手に優しい声で歌ってくれていた。
前髪越しのメガネと、胸で輝くブローチが可愛かった。派手なダンスシーンも、激熱なコールもないけれど、それがとても文音ちゃんらしかった。
そしてまさかのポエトリーリーディングも入っていて耳が悶えた。この前私が文音ちゃんの過去を洗いざらい吐いてしまったけれど、まだ大丈夫そうだった。
MV公開と同時に、文音ちゃんも本格的に人気を集めだしたようだった。飾らない魅力の文音ちゃんは『陰キャの星』と称されていた。めちゃくちゃ可愛いじゃん。陰キャたちの小さなきらきら星の文音ちゃん。ありったけの可愛い単語で、私の中の文音ちゃんを飾り立ててみた。
あれだけMVでかわいい歌声を響かせていたのに、ライブでは相変わらずフリーズしていて、オフショットではぷいっとそっぽを向いてばかり。そういう所が文音ちゃんらしかった。大きくなっても、「前髪の子」時代を思わせるその仕草がたまらなかった。




