【11】卒業
いくらじたばたしても、時間は止まってくれない。文音ちゃんがアイドルを卒業するまで、あと半年。
まだ1年はあると思っていたのに。私の心はずっと曇り空だった。グループお決まりの練習場所で、無駄に自分の生徒手帳のカレンダーにカウントダウンを書きこんでいた。卒業ライブの日から逆向きに、0から150くらいまで書いたところで、背後から文音ちゃんの小さなため息が聞こえた。
「澪さん。アイドルをやめるまでの時間を、私の寿命のようにするのはよしてください」
「文音ちゃん……。そりゃ文音ちゃんご本人はこの日を過ぎても生きてる、そんなことわかってる。だけど、この日でアイドルの文音ちゃんは死んじゃうんだよ……」
あれから私は泣くことが増えた。授業中すら、アイドルの文音ちゃんを思い出しては涙が出てくる。
泣いてもいい1人の時ほど、不思議と涙が出ない。泣いちゃいけないときに限って、涙が止まらなくなる。
「大丈夫です。ちゃんとあなたを笑顔にするライブをしてあげますから」
広い部屋の隅っこでうなだれる私の背中を、文音ちゃんはそっと撫でてくれた。
私の作戦が終わったあと、文音ちゃんは穏やかにアイドル活動を続けていた。
そして4月になると、ゆめみちゃんたちは高校を卒業し、ついに文音ちゃんはアイドル卒業を発表してしまった。ドリームテイルに残ったのは、文音ちゃんただ1人になった。
早すぎる、やめないでって声がそれはもうたくさん集まっていた。それでも文音ちゃんは選択を変えなかった。とびっきりのサプライズを準備しながら。
3年生になると、私は練習に呼ばれなくなった。まあ、守護者として私はもう用済み。元の「アイドルとオタク」という関係に戻っただけだ。そう自分に言い聞かせても、寂しさは消えなかった。そして、1人で卒業ライブの準備に励むあの子が心配で仕方なかった。
6月。文音ちゃんから2カ月ぶりにメッセージが送られてきた。そろそろこっちから「誕生日おめでとう」って送ろうとしていたところだった。しかも動画ファイルつきだ。
『卒業ライブまで、くれぐれも内密にお願いします』
あの『新月宵祭』が初めて世に出たときと同じくらい怖くて、恐る恐る再生ボタンを押した。
「え!?」
素っ頓狂な声が出た。そりゃそうだ。だって、だって。文音ちゃんが、また太鼓を演奏してくれてるんだから。
逆光で表情こそ見えないけれど、どう考えてもまた新曲だ。前みたいな悲し気な感じはしなかった。ほぼシルエットな文音ちゃんの太鼓を叩く手つきを、全力で拡大して見つめてしまった。
「待って、今の連打は惚れちゃう……。かっこいいよぉ……」
携帯を持ったまま五体投地。画面割れたかと思った。
『これの代わりと言ったら烏滸がましいのですが』
『卒業ライブ、お手伝いをお願いしてもいいですか?』
え、じゃあ私……。卒業ライブで観客席からオタクできないの!?そんな……。
結果私は、「お手伝い」と言うには重すぎる働きを見せることになった。ステージ設営も、衣装づくりも、音響の調節も、チラシ配りも。思いつく限りのことは全部やらされた。
今までで1番の仕事量だった。確かにつらかった。身体も痛くなるし、時にはものすごく頭を悩ませた。それ以上に、文音ちゃんの力になれることが嬉しかった。あの子が無事に卒業ライブを終えられるのなら、身体がバキバキになってもかまわない。
新曲の衣装は、『新月宵祭』の衣装をリメイクするという。久しぶりに対峙した「文音さま」の象徴は、あちこちがほつれて薄くホコリをかぶっていた。
手袋は擦れてぼろぼろだし、厚底ブーツも、左だけ少し多めにすり減っていた。
文音さまとして相当追い詰められた頃の文音ちゃんが、いつもステージの床も楽器の一部と言わんばかりにだんだん踏み鳴らしていたことを覚えている。他にも色々なことが起きすぎてたけど。あれをされるたびに心臓が跳ねたのも、少し懐かしい。見方を変えれば、あの子が必死で頑張ったという動かぬ証拠だった。
「本当に、つらかったよね」
しぼんでいたパニエのスカートを、私はそっと撫でた。
私が持てる限りアイドル衣装の知識を総動員させて、『新月宵祭』の衣装は蘇った。……いや、キメラになった。あまり原形がない。
黒×赤×金という組み合わせは変えようがなかったけれど、この前皆から好評だった長いリボン付きのカフスは健在。色違いで懲りずに使わせてもらう。曲を知らされてない人に「新曲のために衣装をアレンジしてくれ」なんて、落ち着いて考えると無茶な注文だった。
この部分は魅力的で惜しかったけれど、重たそうな振袖は短くして、一番痛々しい傷を負っていた厚底ブーツはもっと歩きやすいやつに変えさせてもらった。文音ちゃんの集大成を、絶対に見届けなければ。それだけは揺るがなかった。




