【10】決行
私は夜なべして……。いやもっと前から、この作戦を思い立ったときから温めてきたものがあった。
「つ、作ったのですか……?この曲を、1人で……?」
「まあ、手直しはめっちゃ必要だろうけど、それは作曲担当の子にお願いすることになった。どうかな」
お決まりの練習場所で、今日も私たちは作戦会議に没頭した。文音ちゃんを人に戻す作戦の最終段階、それは文音ちゃんの新曲だ。限界までかわいい、だいぶ電波な曲だ。ずっと文音ちゃんたちを見てきて得たものを詰め込んだ。このグループらしい、穏やかだけどまっすぐ突き進む生きざまを書いてみた。メッセージ性が強すぎて重たくなりそうなので可愛くするのに必死だった。
「題材は『前髪を切りすぎたけど、また伸びる』ですか。私には向いていないかと……」
「いやいや!かわいい文音ちゃんを見てもらうのにこんなピッタリなのはないよ!文音ちゃん、1回くらいあるでしょ、前髪切りすぎちゃって大ピンチになったこと!」
「まあ、それは……1回くらいはありますが……」
「でしょ!?乙女の大ピンチ、ぴったりだよぉぉ……」
じたばたしてこの曲のよさを訴える。
「衣装も!可愛いの考えて来た!」
私は数年ぶりに広げた自由帳を見せつけた。カラフルな色使いに、ひらひらのリボンを飾り立てて、指には1つ、私が他のアイドルのライブで知ったふんわり光るリングライトを添えた。黒はなくてグレーしかなかったけど、そこは許してほしい。
「こ、これは……。なんと……。派手ですね……。私に、着られますかね……」
「着てみなきゃわからないよ、1回やってみよう?」
大切なメンバーのイメージ回復がかかっている。グループのフットワークが軽くて助かった。あっという間に衣装は完成した。当然私も手伝った。今までやったことのない服作りを終えて、私の指は絆創膏だらけになっていた。
「か、可愛いっ……!優勝……!ゴテゴテのカラフルはまさに懐かしいうるささ……!手元ではお守りみたいにリングライトがぴかぴかして、このカフスにつけたリボンのひらひら感も完璧……!」
「褒めすぎです、やめてください……」
カフスにつけた細くて長いリボンは踊るたびに、軌跡を描くようにひらひら舞う。理屈抜きに可愛い。
「リボンが、くすぐったいです……」
「そう!それ!それも狙い!つい笑顔になっちゃわない?」
「そう、でしょうか……」
「くるって回ってみて!こんなふうに!」
私はその場でくるりと1回転。アイドルでもない私がしても気色悪いだけだけど……。
私の真似をして、文音ちゃんも片足でくるっと回る。衣装にたっぷりつけられたリボンが、それに合わせて舞い上がる。ほら!やっぱり可愛い!
「こんな姿で、皆さんの前に……?」
文音ちゃんは頬を赤くしながらも、手首のリボンをずっと楽し気に揺らしていた。
来る秋。ついに文音ちゃんの新曲『めろめろバングは反抗期』のお披露目ライブの日がやって来た!文音ちゃんの白くて細い腕には鳥肌が立っていた。あと風が強い。
「私のだけど、使って」
「あ、ありがとうございます……」
私が着ていたカーディガンを、文音ちゃんの肩にかけてあげた。
「あなたに抱かれているみたいです……。温かい……」
「だ、抱かれてる、て……。情熱的……」
「そろそろ時間ですね、行ってきます」
強い風にリボンが激しく舞う。まさに、私たちに吹き荒れる逆風だった。来てくれた人は、今までの3分の1くらいまで減った。それでも強者たちは文音ちゃんに声援を送る。
「文音ちゃーん!」
「可愛いひらひらリボン振って――!」
前のような異常な空気感はなくなっている。数以外は、平和な世界が戻って来た。数、以外は。
「こうして穏やかにお話しできるのは久しぶりですね。七星文音です」
「では、今日も行きますっ……。文音の声にー、めろめろきゅーんっ!」
私も舞台袖から思いっきり「めろめろきゅーん!」と叫んだ。文音ちゃんはびくっとこちらを向く。あっ、邪魔してごめんなさい。
「今日皆さんに聴いていただく新曲と、この衣装は今舞台袖から叫んだ人が考えてくれたんです。私にとって、本当に大切な人。私をこうして元に戻してくれた人です」
思いがけず、最高にロマンチックな紹介をされて泣きそうになる。
「あの人、容赦なく私に可愛らしい曲を用意したんです。ひどいですよね。ふふっ」
文音ちゃんは『めろめろバングは反抗期』をとびっきり可愛く歌い踊った。空が曇り始めても、負けじとリングライトが、みんなのペンライトが輝き続けた。可愛い、本当に可愛いよ……。
無事にライブを終えて、舞台裏に戻って来た文音ちゃんに水を渡す。ペットボトルに刺さったストローを咥えてる姿もまた愛おしい。
「私、元に戻れましたか?」
「どうだろう、正直またいつ文音さま信仰が再燃するか分からないし……。でも、とりあえず信者を振り落とす段階は済んだかな」
私は文音ちゃんのファンを大幅に減らしてでも、文音ちゃんのあの子らしい姿を取り戻そうとした。きっと、これは間違いではなかったはず。
「それと、あなたと皆さんに伝えたいことがあります」
「え、何?」
「私、勝手ながら3年生の1学期が終わったら、アイドルをやめようと考えています。本来の小説執筆に、打ち込みたいのです」
みんなは、「そりゃそうだ」と言うように文音ちゃんの決断を温かく受け入れた。私だけは、大粒の涙を流した。
それはものすごく当たり前な高校生の運命なのに。避けられないことだと、分かっているのに。3年間、たったの3年間。誕生日を3回迎えたら終わりの3年間。
やっと、あの子を救えたのに。




