【01】初恋
私は、女の子に初恋を奪われた。
同じクラスだけど名前も知らない子だ。休み時間になると必ず本を読んでいる。ずっと眺めていたのに、顔もはっきりとは知らなかった。その子は前髪が長くて、いつも目元にそれがかかっている。目元が見えそうで、見えない。時々前髪がふわふわと揺れている。それが可愛くて、ずっと眺めていたかった。名前も知らないし話しかける勇気もなかったから、「前髪の子」ってずっと心の中で呼んで、片想いしていた。
前髪の子はとても賢い子だった。授業で間違えることはめったにない。時々算数で答えを間違えて、首を傾げているのがとても可愛くて、机の下で足をばたばたしたくなるのを堪えていた。1番好きなのは、やっぱり国語の授業を受けている姿だった。前髪の子の声は落ち着いていて優しくて、音読はもうマル読みじゃなくてずっと読んでいてほしかった。授業中暇なのか違うページを読んでいて慌ててページをぱらぱら戻してるところも賢いあの子らしいなって思っていた。音楽の授業で合奏したときも、前髪の子はいつもより顔を隠しながらリコーダーを演奏していて胸がきゅんとした。
あの時、私がいきなりパーカッションやりたい!って手を挙げたのは、ちょっと衝動的にタンバリンしゃんしゃんしたくなったから……。うん。もうあの時から楽器フェチ始まってた。あと、前髪の子にドキッとしてほしかったから。して……もらえたのかな。もう分からない。
ある日の児童集会で、来週は和太鼓部の発表がありますって言われた。私はため息が出そうなのをギリギリで堪えた。小さい頃は大きな音が苦手だった私は、毎年彼らには申し訳ないと思いながら雨が止むのを待つみたいに耳をふさいでいるしかなかった。次の週の水曜日。いつもならレクリエーションとかですごく楽しみな時間がとても嫌だった。
片想いの世界は、いきなり作り変えられた。体育館への列に前髪の子がいない。なんでこの時の私は気づかなかったんだろう?体育館で私はそっと耳をふさいだ。やっぱり、大きな音が怖くて背筋がぞわぞわする。目もそらしたら申し訳ないので、目だけでも舞台に向けていた。すると、ほとんど知らない子たちなのに1人、見間違いようのない子がいた。
嘘、なんで……?
前髪の子だ。立ち位置をくるくる入れ替えて、教室で静かに過ごしてるのが信じられないくらい楽しそうに、力いっぱい太鼓を叩いている。こんな一面があったなんて。誰か気づいていたら嫌だな。きっとみんなは「早く教室帰っておしゃべりしたいな」くらいしか考えてないよね。大丈夫。教室に戻る列の中で、私の胸の高鳴りは落ち着いてくれそうになかった。
皆に少し遅れて教室に入って来た前髪の子は、教室の扉を開け閉めする音や、足音すら潜めてそっと席に戻ってきた。がやがやと話し込む皆はそんなことに気づいていなかった。かっこよかったよ!って、私はあの子に声をかけたかった。でも、できなかった。それは、あの子が和太鼓部としての顔を知られたくないように見えたから。前髪の子は、すぐにいつも通り分厚い本を開いて読み始めた。
舞台上で太鼓を叩くあの子の姿が、ずっと私の頭から消えなかった。みんなが「そうしろって言われたから」という感じでお辞儀をする中で、あの子だけはバチを丁寧に揃えてお辞儀をする。そんな姿にもきゅんとした。もっと見たい。あの子の太鼓を聴いていたい……。その日から、放課後私はときどき音楽室に近づいて遠巻きに練習する音を聴きに行った。部活の終わりごろに「週末のイベント頑張ろうね」なんて言葉が聞こえてきたら、そこら中の掲示板からそれっぽいことを探した。
わざわざ友達の誘いを断ってまで和太鼓部のステージを観に行った。あの子は思い返してみれば児童集会のときもそうだった、黒いTシャツに少し飾りをつけただけの衣装姿だ。下は体操服のズボンだった。あの子の白い肌が焼けちゃう……と子どもながらに怖かった。前髪の子はそれでも太鼓を夢中で演奏していた。汗で前髪がおでこに張り付いて、初めて目元をはっきり見た。前髪の子は、メガネもかけていた。本当に可愛かった。こんなの……。もっと、もっと好きになってしまう。




