第二十六章 抗い
薄闇の中、澄影は立ち尽くしていた。
胸の奥がじくじくと焼けるように痛む。
何が失われたのか、頭ではまだ整理がつかない。
だが、魂だけが真っ先に理解してしまった。
──澪がいない。
影が揺らめくたび、あの小さな手が闇に沈んでいった光景が、形を持たないまま胸を締めつける。
彼女が伸ばした指先は、ただひたすらに澄影を求めていたはずなのに。
彼は、それに気づくことすらできなかった。
「……戻れないんだな。」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
自分自身への静かな諦めに似ていた。
まるで、ここまで歩いてきた道がすでに閉ざされ、
前も後ろも影に覆われたように思える。
元には戻れない。
澄影はそれを痛いほど分かっていた。
だが、胸の奥には別の痛みもある。
澪。
彼女の笑顔、呼吸、声。
澄影の世界をそっと照らし続けてくれた存在。
ただそばにいるだけで、どんな暗闇も溶かしてしまうような、
そんな温かさ。
……その光が、影に呑まれた。
その事実だけは、どれだけ目を背けても消えやしない。
澄影はふらりと足元を見る。
影が波のように揺れている。
その奥には、自分がずっと封じ込めてきた何かが待っていると、本能で分かる。
踏み込めば、戻ってこれない。
自分という形がどうなるかもわからない。
心が壊れるかもしれない。
それでも。
彼は、静かに息を吸った。
「……心を失っても、澪だけは取り戻す。」
呟きではない。
決意でもない。
もっと原初的な、抗いようのない願いの形。
影が応えるように揺れた。
その奥で、炉の気配がごう、と低く唸る。
世界が彼に選択を迫っている。
その選択がどれほど残酷であっても、澄影はもう迷わなかった。
踏み出す。
たとえ、自分という存在がどれほど歪められようとも。
たとえ、心が砕け散ろうとも。
──澪を取り戻すためなら。




