第5話 決闘
「この場でわざわざナイフを取り出したんだろ?なら決闘しようぜ」
隼人はキョトンとした様子でその場に立ち尽くす。
「何に困惑してんだ?ナイフを取り出したってことは殺し合いでもするんだろ?」
弦はポケットからスマホを取り出し、何やら操作を始める。
「ほら、送ったぞ。承諾しろよ」
隼人のスマホが振動する。スマホには通知バナーが出ており、『夢蔵弦から決闘の申し込みがあります』と、うつし出されていた。
「…ま、マジかよ?」
隼人はまさか弦が殺しに乗り気であることを想定してなかったらしく少し怖気づいてしまった。
「押せよ。得物取り出しといて、逃げるわけねぇよな?」
「…そうだな。結局は殺し合いをするんだ」
隼人は納得したようで同意すると、サササッとスマホを操作する。
「ハハッ。わざわざ自分から死を選ぶなんてな。てめぇの弟と同じ場所に送ってやるよ」
「そう言えるのは今のうちだよ」
弦が挑発していると、唐突に目の前が真っ黒になり、地に足がついているという感覚が消える。
(あいつの異能か?これは…)
体を動かそうとしても動かない。弦がどうしたものかと悩んでいると、視界が急に晴れる。
「…どこだ?ここは」
弦はさっきまでは月明かりに照らされた学園の屋上にいた。しかし、弦は夕日を背景にした孤島に立っていた。
『フィールドの生成が完了しました。決闘を開始してください』
孤島中に機械音声が響くと同時に弦の体が動くようになる。
「わざわざ戦う場所を用意してくれるのか」
隼人とは別の場所でスタートしたようで、弦は隼人を探すところから始める。
「こっちかな」
弦は孤島の中心へと向かうため、草木の生い茂る森を突き進む。
(不意打ちされそうなくらい視界が悪いな)
目線と同じくらいまで伸びた草をかき分けて進む。
「…」
弦は一瞬だけ足を止めたが、すぐさま足を動かす。しかし、さっきとは違い、弦から漂う気配が変わる。
(居る…けども、気配を消せてない。いや、当たり前か。こちら側の人間でない限り、気配を消す必要なんてないしな)
弦の背後からガサガサと草木を分ける音が近づいてくる。
(3…2…1…0!)
弦は心の中でカウントを数え、0と同時に振り返り拳を突き出す。
「ぐはぁ!?」
弦が突き出した拳は、いつの間にか背後にいた隼人の腹部に直撃する。
「な、んで…分かったんだよ!?」
完全な奇襲を決めたと確信していた隼人は困惑しながら地面にうずくまる。
「お前と、俺では。根本から違うんだよ。文字通り生きてきた世界が違う」
隼人には弦の言葉の意味が分からず、木にもたれながら、手のひらを弦に向かって突き出す。
「も、燃えやがれっ!」
隼人の手から異能で生み出した炎が弦を包み込もうとする。
「遅い」
弦は煽るように言いながら、炎を避けようと太い枝の上に飛び乗る。
「な、どんな身体能力をしてんだよ!?」
三メートル程度飛んで、木の枝に避難した弦の姿を見ていた隼人は恐怖で体をわずかに震わす。
「まぁ、戦闘は慣れてるからな」
「戦闘に慣れてる…まぁ、そうか。少なくとも九人の人間を殺たんだからな」
隼人は立ち上がり、震える手を弦に向ける。
「でも、俺にもまだ…」
「まだもクソも無い。終わりだよ」
弦はそう言うと、少しの間をおくと、手を真上に掲げて叫ぶ。
「名刀・正宗」
真上に掲げた手のひらの上に新品のように綺麗で輝かしい刀が現れる。
「刀を生み出す…異能?」
隼人はギラリと光る刃を見て更なる恐怖を覚える。そして、弦が顕現させたマサムネで躊躇なく隼人の指を切り落とす。
「そうだ。俺の異能はただ刀を生み出すだけだ。けど、人を殺すのには持ってこいなんだよ」
「うぐぁぁあ!」
右手の指をすべて切り落とされた隼人は、右手を押さえながら絶叫する。隼人には弦のそんな説明なんて耳に入っていなかった。
「五月蠅い。お前も陽平にナイフやバッドを使って毎日毎日イジメてきたんだろ?」
地面を這いずって逃げようとする隼人の背中に足を乗せ、もう片方の指を切り落とす。
「うっ、ぁ…ぁぁ」
もはや悲鳴を出す余裕もない隼人は這いずるようにして立ち上がると、全力で逃げようとする。
「はぁ、この程度で音をあげるな。自業自得だよ」
弦は遠ざかっていく隼人の背中に向かって、マサムネを刺突する。マサムネは隼人の脇腹に刺さり、痛みに悶えながら転倒する。
「ひぃ、ひぃぃっ!」
隼人は炎を発生させ、炎の幕をつくる。
「炎を壁にして逃げたか。けど、あのくらいの出血量じゃ逃げ回るだけでそのうち死ぬ気がするけど…」
弦は少し考えた後、炎の幕を剣で裂いて突き破り、隼人の後を追う。
「あいつは俺が直接殺さなきゃいけないんだよ!」
弦は地面についた血の跡がある方向に向かって猛スピードで走る。
「お前…遅いな」
弦はほんの数秒で隼人に追いつくと、怯えきり、涙で顔を濡らす隼人の首のマサムネを突き付ける。
「お前は何ヵ月も陽平を痛めつけてきた。けど、俺はこの数分で終わらせてやるんだ。感謝しろよ」
「え!?あ…い、いや!?…殺さな…」
弦は隼人の言葉を無視して、そのままマサムネを横に振り、首を斬り落とす。
「…あんなにイキっておいて、ここまで無様に死ねるなんてな」
弦は手に持っていたマサムネを消し去った数秒後、孤島中に機械音声が響き渡る。
『勝者、夢蔵弦。直ちに決闘を終了します』
その言葉と同時に視界が暗転して、数秒の浮遊感を感じた後、元居た学園の屋上に立っていた。