第3話 殺しの兆
キンコンカンコンと教室中にチャイムの音が響く。弦とあやめはチャイムと同時に教室に入っていく。
「今日は遅れることが無かったな」
「ほんとにね」
弦とあやめはギリギリ遅れつつも席に座り、教師に目を向ける。
「今日は昨日言ったように、この学園で使用できるスマホを支給する」
昨日の話を聞いていない二人は意外そうに、それでも嬉しそうにスマホを手に取る。
「良かったわ。スマホを没収されてたせいで、割と困ってたのよね」
生徒の中にはあやめと同じように喜びの声をあげる者が複数いた。
「このスマホはこの学園内のことなら何でもできる。買い物も連絡も」
弦は教師の話を興味なさそうに聞く。
「そして、決闘もだ」
「決闘?」
つまんなそうに支給されたスマホをイジッていた弦は首を傾げながら、教師に意識を向ける。
「決闘…これは殺し合いをするためのアプリだ。この『決闘』ってアプリを開くと、全生徒の名前と顔写真がある。それをタップすると、その相手に決闘の申し込みができる。そして、相手がそれに同意すればその時点で決闘は成立し、即刻殺し合いが始まる。決闘では、逃げ場なし。一対一。どちらかが死なない限り決闘は終わらない」
狼狽えている生徒たちを見て、教師は続ける。
「なんだ。お前たちは面白半分でこの学園に来たわけじゃないだろ。夢を叶えたいなら、殺し合いをすると。それと決闘についてだが、さっき言ったようにもできるが、基本は定期試験として行うこととなるkらな」
教師の言葉に教室中が微かにざわつく中、一人の生徒が控えめに手を挙げる。
「え…えっと…その、定期試験の…相手はどうやって決めるんですか?」
「全生徒からランダムで選ばれる」
(ランダムかよ。てことはここで親しくなった奴とやる可能性もあんのか)
少しどよめく教室を教師が手をパンッと叩き鎮める。
「お前たちは願いが叶えたくてここに来たんだろう。だったら何も考えずに、自分が生き残ることを考えろ。今日はもうこれで終わりだ。そのスマホを自由に使ってくれ」
教師がそう言いながら教室の扉に手をかけると、振り返り一言だけ言葉を残す。
「今日の内に殺し、というものを知っておくと後々が楽になるぞ」
教師が教室を出ると、生徒たちのざわめきが一層増す。
「…初っ端から飛ばすバカどこにいるんだよ」
教師の話を聞いていた弦が鼻で笑いながらそうつぶやく。それを聞いていたあやめがウンウンと頷く。
「そうよね。でも、いつかは殺さないといけないのよね」
「そりゃな。お互い生き残ろうぜ」
弦が笑いながら言うと、あやめも笑い声をあげる。
「一人しか生き残れないのに?」
「もしかしたら、特例で二人で卒業かも…ま、そんなこと無さそうだけどな」
張り詰めた空気が漂う教室で、二人の笑い声が響く。
(あの二人、バカみたいなメンタルだな…二人はどんな願いを叶えたいんだろう)
少し離れた席で弦たちの会話を聞いていた愛がそんなことを思いながら、二人をチラリと見る。
「あ、愛!あなたも寮に帰るでしょ?いっしょに戻りましょ」
「え?あ、いいぞ」
まさか声をかけられるとは思っていなかった愛は少し動揺しつつも了承する。
「微妙に遠いのよね。ここから寮まで」
あやめが頭の後ろで手を組んで、心底面倒くさそうに言う。
「てか、この学園の生徒ってヤバい人多くない?廊下歩いていたら普通に犯罪者がいたよ」
「私も見たぞ。鳳凰寺死刑囚だよね?死刑執行前に唐突に姿を消した、ってメディアが騒いでたぞ」
「そう。私たちはそんな奴を相手にしないといけな…弦、どうしたの?」
二人の話を黙って聞いていた弦が、驚いた様子である一人の男を見つめる。
(あいつ…いやそんなわけ無い…のか?)
弦の耳にはあやめの呼びかけが届いておらず、遠のいていく男の背中をただ見つめている。
「ちょっと、二人は先に帰っててくれ!」
男が曲がり角を曲がったところで、弦は踵を返しながら二人にそれだけ言って走り出す。
(くそっ。なんであいつが…いや、あいつだとしたら逆にチャンスかもな。俺の目標の一つが達成できるぞ)
弦は廊下を全速力で走り、男の背中に手を伸ばす。
「おい!」
弦は少し強めの口調で叫びながら男の肩を掴む。
「あ!?な、なんだよ。てめぇ」
男は心底驚いたといった様子で、弦の顔を凝視する。
「お前…名前は!?」
「あ?あぁ、十先隼人だよ」
男は戸惑いつつも弦の問いに答える。
「十先、隼人…分かった。ありがとよ」
弦はその名前を聞くと軽く頷き、隼人に背を向け去って行こうとする。
「お、おい!急に名前を聞いてきやがって。何者だよ」
隼人はキレ気味で、帰っていく弦を呼び止める。
「何者か。まぁ、それが知りたいなら夜…十二時だな、学園の屋上に来いよ」
弦は顔だけ隼人に向けながら、駆け足で消えていく。
「…十二時」
隼人は怪訝そうな表情で弦の背中を見つめる。