第13話 灰となり
(腕を失っちゃったけど、どうしよう。少し手を抜いてたとはいえ、こんな早い段階で負傷してしまうなんて…オトネここでやっていけるかな)
不安げに切断された腕をさするが、すぐさまキリッとした表情に戻す。
(いや、弱音になったらだめ。やらないといけないんだ)
音音は自分自身を奮い立たせながら歩み始める。
(それにこれは摸擬戦って言ってた。ここでなら負けてもいい。オトネの力がどこまで通用するかを知れればいい)
音音は人の気配がしない街中を駆け回る。辺りからは戦闘音がちらほら止み始めていた。
「…ん」
微かな殺気を感じ取った音音は足を止め、殺気の出どころを探る。
(そこ!)
音音が拳銃を構えて、建物の壁に向かって銃弾を放つ。壁の向こうでは銃弾の音に驚いた何者かが体をビクンと震わせる。
「出てきてください。オトネに奇襲は絶対無理ですよ」
拳銃を構えた状態の音音は壁の向こうに居る人物に話しかける。
「…くそっ」
壁の向こうからは焦った様子で一人の少女が飛び出してくる。
表情は固く、スラっとした体形で、縛ってある黒い後ろ髪を肩から前に垂らした少女である。
「…!いきなりですね」
飛び出してきた少女は音音に近づきながら銃弾を放つが、反動のせいで後ろに倒れてしまう。銃弾は音音の遥か上を飛んでいく。
「銃の扱いには慣れていないようですね。天音琴葉さん」
音音が拳銃を握り琴葉の眼前に持ってくる。
「天音さん。無茶な戦い方はしないほうがいいですよ。銃の扱いに慣れていない状態での特攻はおすすめできません」
「あんた、何?あたしの名前を知ってるし、敵のくせにアドバイスなんかしてきて」
「オトネは誰かが死ぬのが嫌なだけです。失礼ですが、あなたは無駄死にしそうだったので」
琴葉は怪訝だという気持ちと憤りの感情が混ざったような表情で音音を睨みつける。
「誰かが死ぬのが嫌なのにこの学園に入学したの?」
「はい。死者ゼロ人とはいかないでしょうが。それにオトネは願いを叶えるために来たのではありませんから」
「…じゃあ、なんのためにこの場にいるの?」
「…言いません」
琴葉の問いに一瞬悩むが、唇の前に人差し指を立てて答えることを拒否する。
「そう。じゃあいいよっ!」
琴葉は倒れた状態のまま拳銃を両手で持ち、音音に照準を合わせる。しかし、音音は琴葉が発砲する前に接近して、拳銃を叩き落とす。
「…あなたは、何を焦っているのですか?」
「っ!?焦ってなんか、いない」
音音のその発言に驚いた琴葉はピョンと立ち上がり、音音から距離を離そうとするが、すぐ後ろにあるビルにぶつかってしまった。
「ん。その様子ですと相当ですね。出来るのであれば協力しますよ?」
音音が琴葉に話しかけるが、琴葉はだんまりを決め込んだままうつむく。
「天音さんにも様々な出来事があったでしょうけど、焦ってもそんなすぐには願を叶えられませんよ?」
「そ、そんな事…分かっているけど…強くならないと、アイツを超えないと」
琴葉は俯いたままの状態で、声を微かに震わせながら拳をギュッと握りしめる。
「…アイツ、とはお姉さんのことですか?」
「なんで、分か…」
「オトネ、生徒の基本的な情報は頭に入れているんです。そこで天音という方が二人いました。偶然の可能性もあったのですが、あなたの反応で姉妹であることが確定しました」
琴葉は憎たらしそうに顔をしながら頭を両手で抱え込む。
「アイツとは…姉妹なんかじゃないっ!」
(何が…あったんだろ。いや、何があろうとこれ以上は踏み入っちゃダメかな)
琴葉の表情は曇っていくのを見た音音は黙って見守ることにした。
そう叫ぶと同時に琴葉の両手が青白い炎に包まれる。炎に実態は無いようで手が焼けている様子もない。
「どれだけ、実力が無いって言われたとしても…この異能だけで勝ち上がる!」
琴葉は怒りをあらわにしながら音音に向かって走り出し、右手を前に突き出す。
(触れたら…多分まずい)
音音は避けようとするが、琴葉の動きが想像以上に速く、手首を掴まれてしまった。
「…なんと」
琴葉は音音の手首をジッと見つめていると、唐突に音音の腕が灰のようにボロボロになり崩れ始めた。そして、全身がどんどんと灰に侵食されていく。
「とても、危険な異能ですね」
音音は拳銃を構えようとするが、拳銃を持つ腕が無いことに気づき、そっと目を閉じて敗北を確信する。
(うーん。まさかここで負けるとは、長話せずにいたら…少し慢心があった。まぁ、本番だったらオトネも本気出すから分かんないな)
音音は琴葉を軽く見つめていると、灰となって消えていった。
音音の消滅を確認した数秒後、琴葉は異能を解除して壁にもたれかかる。
「はぁ、はぁ。勝てた!私でも戦える。絶対に超えてやるんだから…待っときなよ」
僅かに震える手を握って小さくガッツポーズをする。