第12話 糸
「おまい、何者だぁ~?」
音音が殺気をとばした瞬間、道路にポッカリとあいた穴から一人の男が姿を見せる。
肥満気味でおかっぱ頭、口からはみ出した出っ歯が特徴的な男だ。
(この人は確か…最上吹雪だったはず)
「あっしの糸は鉄すら切り裂くんだぜぇ~?百万歩譲って糸を引きちぎれたとしても、指くらい切れても良くねぇかぁ~?」
最上は軽やかに穴から飛び出し、音音の指をジッと観察する。自分の異能によっぽどの自信を持っているようで、それを容易く指で切った音音に大層驚き、信じられないといった様子だった。
(身体強化…してる風には見えないねぇ。少なくともさっき切った奴らとは格がちげぇぜ~)
「鉄も切り裂く…ですか。とてもすごいですね」
「すごいだぁ~?ありがてぇがそれを指だけで切ったおまいに言われても嫌味にしか聞こえねぇぜ~」
吹雪は手をバッと前に突き出すと、さっきとは比べものにならない量の糸を音音の周囲に張り巡らせる。
「ただぁ!こいつは避けられねぇぜっ!極楽万糸!」
開いていた手を勢いよく閉じると同時に、糸が一斉に音音に集まっていく。左右前後ろ、あらゆる方向から向かって来る糸を音音は軽やかなジャンプで避ける。
「あぁ!?」
吹雪はその光景に驚愕の表情を見せる。なにせ、音音を囲んでいた糸の壁は四メートル弱はあった。
「助走なしで飛びやがった…いや、いや!まだだぜぇ~!」
吹雪が人差し指をクイッと上にあげる。その直後、音音の真下にあった糸の塊が上昇していく。
「…なんと」
音音は一瞬だけ怯んだが、顔色を戻して左足を糸に向けて伸ばす。先頭の糸と音音のつま先が触れる。その後、先頭の糸が一瞬押し戻されたかと思えば、全ての糸が音をたててちぎれていく。
(くっそが。そんな簡単に突破されたら困るんだぜぇ。しかし、アイツは触れたものを切断する異能かぁ?ただ一瞬、あっしの糸が押されてたのが気がかりだぜぇ~)
「危なかったですね。お返しです」
吹雪がじっくりと観察していると、音音が余裕そうな表情で着地をすると銃弾を発砲する。
「とっとと。危険すぎるぜぇ~」
ギリギリのところで避けれた吹雪は反撃の一撃を放とうと、手のひらを広げる。
「させません」
急接近した音音は吹雪の手首を掴んで振り上げる。吹雪の体は大きな弧を描き地面に叩きつけられる。
「っ!くっそがぁぁ!」
吹雪は音音の腕を振りほどいて高速で距離を取ると、手を音音に向けて突き出す。
「極楽万糸!」
手のひらから無数の糸が飛び出し、音音に襲いかかる。
(なんで何度も敗れた手を使うんだろ)
音音は向かって来る糸に手を伸ばし、さっきと同じように糸を切り裂く。
「ははっ!そいつは罠だぜぇ~!」
吹雪が満面の笑みを浮かべながら両手を振りかざし、その直後に音音の左右から一本ずつの糸が高速で飛んでくる。
糸が音音の二の腕に巻き付いたことを確認した吹雪は、糸を引っ張り腕を切断する。
「はっははは~!やって…ぁ?」
吹雪は音音に攻撃を成功させられたことがよっぽど嬉しかったようで大声で笑っていると、左目の視力が失われる。
「お、おまい…マジかよ…」
吹雪の足元には切断した音音の腕が落ちていた。それを見た吹雪は驚愕とわずかな戦慄を覚える。
(こいつ、自分の腕をあっしの眼球に向かって投げたのか!?切断されて一秒もなかった…その短い間でこんなバカげた行動をし、それをこんな簡単に成功させられるか!?)
吹雪は潰れた目をおさえ、しかめっ面の顔をあげる。そして、目の前の音音を探す。
(消えた!?となると、死角になっている左側に居るぜぇ~!)
体を九十度回転させ、左方向に糸を放出する。
「左を向いてくれると、信じてましたよ」
吹雪の後頭部に強い衝撃が伝わる。吹雪の右側から攻めてきていた音音が蹴りを食らわせたのだ。吹雪の体が軽く吹き飛び、尻もちをつく。
(右…だったのかよぉ~!!)
「さよならです」
音音は拳銃に回転をかけながら空高くに投げると、それを華麗にジャンプをし、キャッチする。空中を舞う音音は照準を合わせて引き金を引く。
(引き金を引くだけなのに…最後の最後で舐めプしやがって!)
体勢が悪く、避けようのない銃弾を眺めているしかなかった吹雪はそんなことを心の中でつぶやきながら死んでいった。
「腕を持っていかれるとは思わなかった…」
現実じゃないからか、腕の断面は真っ黒に塗りつぶされており、血も出ていない。音音はそんな腕を見て小さなため息をつく。