第10話 摸擬戦
「…よし。全員集まったな」
教室についた弦は黙って教師が話し始めるのを待っていた。
「今日集まってもらったのは模擬戦をしてもらう」
唐突すぎる教師の発言に教室中がどよめく。ほとんどの生徒がついさっきまで平凡な休暇を楽しんでいたのだ。
「静かに。摸擬戦って言ってるだろ。だから死ぬことはない。安心しろ」
教員は手をパンッと叩き、生徒の注目を自身に集める。
そして、教卓の横に置いてある段ボールの中から変なランプのついた奇妙なゴーグルを取り出す。
「摸擬戦をするにはこの装置をつけてもらうぞ。これで仮想空間に入ることができる」
教師はゴーグルを各自の机に置いていく。
(すっげぇ怪しいもの持ってきたな。なんでこんなことをさせるんだ?)
弦は配られたゴーグルをジックリと見つめながら次の説明を待つ。
「さっき言ったように仮想空間で殺されても死ぬことはない。けど、痛みはしっかりとあるからな。向こうの世界に行ったら武器があるから好きに使ってくれ。それじゃ付けろ」
教師がゴーグルをつけるように催促する。弦は周りの生徒たちが付け始めるのを見てから、ゴーグルを装着する。
「あ、それと。最低でも一人は殺してくれ。何も出来ずに死んだら罰があるかもしれないからな。おもしろい戦いを見せてやってくれよ」
(おもしろいのを見せてやれ?誰にだ?)
ゴーグルをつけた弦の視界が一瞬だけ暗転したと思ったら、大量の武器が飾られてあるだけの空間に飛ばされていた。
「武器。あの教員が言ってたな。俺は異能で武器だせるけど…いや、本気の殺し合いでもないのに異能を公開するのは危険かもな」
弦はそうつぶやきながら、拳銃とナイフを一つずつ取る。
「これ、どうやったら始まるんだ?」
四方に武器しかない出口のない空間に戸惑っていると脳内でカウントダウンが始まった。
『3…2…1…0』
0と同時に目の前の空間が朧げになって消え、荒廃した街の風景が広がった。
道路には大きな穴がポッカリとあいている所が多々ある。半壊したビルや転倒した車が数えきれな
いほどある。
『行動を許可します。殺し合いを開始してください』
そんなアナウンスが脳内に響いた直後は沈黙が漂っていたが、数秒後には周囲からチラホラと戦闘音が轟き始める。
「おぉ、始まったな。てかなんで一人殺さないとペナルティなんだよ」
三階建ての建造物の室内に立っていた弦は窓の外に身を乗り出す。
(とりあえずはノルマをこなさないとな。その後は、適当なところで死んでもいいんだが…いや、他の生徒の情報でも探ろうか)
窓から飛び降りた弦は、道なりに進んでいく。
(戦闘音がこっちからするな。だいぶ激しそうだけど…安全圏から相手がどんな戦い方でどんな異能かを知れれば十分か。弱ったところをやれば安全にいける)
そんなことを考えながら走っていると、ビルとビルの間の物陰から足音とカチャカチャと鳴る金属音が聞こえてくる。足音は猛スピードで弦に近づいてくる。
「おっと、音がデカすぎんだよ」
足音が止まり、脇腹を狙ったであろうパンチが真横からとんでくる。弦はその拳をバク宙で避けると、空中で体をねじり反撃の蹴りを食らわせる。
「うっぐへぇ!?」
弦に攻撃してきた男が情けない声をあげながら転げる。
男にしては少し背が低く、目つきの悪い男だ。
(めーっちゃジャラジャラしているな。こいつ)
男の指や耳には数えきれないほどのアクセサリーがつけられている。そして、首にかけられた三つのネックレスがぶつかり合って音をたてる。
「どうする?だいぶキツそうだけど」
弦は未だにうずくまっている男に向かって言う。
「はぁはぁ、まだまだ…なんだよ!」
男は気合いで立ち上がり、弦に向かって走りながら拳を固める。
「オッラッ!」
男は顔面に向かって拳を突き出す。
しかしその頃には弦がおらず、盛大に空振ってしまう。
「ウッテェ!?」
男は勢いをつけすぎたせいで止まることができず、前のめりに倒れてしまった。
「あぁ…」
でこぼこの道路に顔面からぶつかった男を見て、弦が思わず同情の声をもらす。
(腕っぷしには自信がありそうだけど、経験が無さすぎる。十中八九ケンカ自慢の一般人ってとこだろうな)
弦がトドメをさすため拳銃を取り出そうとすると、男がバッと起き上がる。
起き上がるとは思ってもおらず驚いている弦の手首を両手で掴む。
「ふ…うっりゃぁぁぁ!」
男は弦を頭上まで持ち上げると、勢いよく投げ飛ばした。猛スピードで空中を飛ぶ弦が身を翻し、地面のでっぱりに手を引っかける。
「あ!?うそだろ…」
地に足をつけた弦が体勢を整え、地面を体を滑らせて勢いを落とす。
「あっぶね。ヒヤヒヤしたな」
弦は男に急接近し、拳銃を額に突きつける。