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イヌとネコ

作者: 夕山晴

「うう、さっむ……!」


 ブーツを脱いで、コートを掛けて、温かいこたつに足を突っ込んだ。

 こたつの上には、鍋の準備が整えられている。


「おかえり〜」


 無邪気に笑うこいつに、「ただいま!」とそっぽを向いた。


「ふふ、外、そんなに寒かった? 鍋の準備はできてるよ。火つけるね」

「もう今日、休みなんてずるい! 外めちゃめちゃ寒いから!」

「そんなに? 僕、寒いのも好きだけどなあ。空気がピリッとしてて、頭がすっきりするっていうか」

「私が寒いの嫌いなの、知ってるでしょ! 暑いのもやだけど!」


 我ながら可愛くない返しだなぁと思うけれど、こいつはいつも笑うだけだ。しかも本当に楽しそうに。


「ふはっ、大変だね。春と秋があって良かった」


 鍋がぐつぐつと音を立てた。

 白菜と豆腐に椎茸、えのき、ねぎとつみれ。音と一緒に震える具材が見ていて楽しい。

 具材さえ突っ込んでしまえば後は待つだけだから、鍋が食卓に並ぶ回数は多かった。


「もう食べられるかな。今日は味噌にしてみました〜」

「ふーん、いいね」

「でしょう? そろそろ味噌が食べたくなる頃かなぁって」

「……あたり」


 分かっててくれることが嬉しい、だけど悔しくもあって。

 すっくと立ち上がると冷蔵庫から缶ビールを二本取り出してきた。


「ん」


 一本渡せば、すぐにカシュっと缶を開けた。


「はい、乾杯。今日もお疲れ様」

「お疲れ〜。ってあんたは家から出てないでしょ?」

「まあ。でも鍋の準備はした」


 褒めてと言わんばかりに両手を広げる姿を見ると、褒めたくなくなるってば。


「切っただけでしょ!」

「まあまあ、ほら食べて食べて」


 あっつあつの白菜と味噌の風味が、疲れた身体に染みる。

 立ち上る白い湯気も、なんだかほっとさせるから鍋は良い。


「美味しい………………ありがと」

「はい、どーいたしまして」


 小さいお礼の言葉も、こいつは笑って受け取ってくれた。本当に甘やかされてるなぁとは思う。




「あ、見て! 雪が降ってきた!」

「ええ〜、寒いと思ったんだよ。雪かあ」

「ちょっと散歩しに行こ!」

「やーよ。私はこたつの中が一番好きなの」


 寒いのに元気ねぇと思いながら「いってらっしゃい」と手を振ったが、その手を掴まれる。


「ちょっとだけだから」

「…………どうしても?」


 それに満面の笑みで頷くから、仕方なく重い腰を上げた。

 鍋も作ってもらったしね。しょーがなくね。


 外に出ると確かに雪がちらちらと降っていて、手のひらに落ちたそれは瞬く間に溶けて消えた。


「結晶だよ結晶」


 彼の黒いコートに落ちてきた雪の結晶は、綺麗な六角形で。

 物珍しい顔でまじまじと見てしまった。


「小さい! こんな綺麗に形残ってるもんなんだ!?」

「すぐ溶けちゃうけど。でも綺麗だよね。外出てきて良かったでしょ」

「んー、まあ?」

「じゃあ、これは溶けないやつ」


 そう言ってコートのポケットから取り出した長細い箱には、少し期待値が上がってしまった。

 高級感のある黒い箱に赤色のリボンが巻かれてある。


「え……! 可愛い!」

「ふは、まだ見てないのに」

「箱だけでも」

「中身からっぽだったらどうするの」


 促されてリボンを解く。中から出てきたのは、予想どおりのネックレス。

 シンプルな一粒ダイヤのネックレスで、こないだ一緒に見てきたモノ。


「ありがとう!」


 両手でチェーンを持って空にかざせば、雪の結晶のようだ。

 首につけて「似合う?」と聞くと、やっぱり笑ってくれた。


「外出てきて良かったでしょ」

「フン、私はこたつが一番好きなんだから」

「ふーん? 誕生日、おめでとう」

「……ありがと」


 舞い落ちる雪の中、嬉しそうな彼の顔が見られるのなら。

 寒い日も悪くないなって思ったのは、私だけの秘密にしよう。





 おしまい


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