蒼生の煩慮
「紅葉ちゃん・・・紅葉ちゃん・・・」
終業式が終わり、クラスに戻る廊下の途中で、紅葉ちゃんに声をかける。
「あら、蒼生。」
紅葉ちゃんが短くそれだけを言う。なんか用?必要ないなら話しかけないでね。そんな感じだ。身長差が出来て見下ろされているのも、そんな雰囲気に拍車をかける。
「ちょっと話があるんだけど」
脇の廊下を指差す。
「・・・」
文句を言われるかと思ったが、紅葉ちゃんは大人しく脇道に逸れてくれた。
廊下を2回曲がり、人目がないのを確認して話を切り出す。紅葉ちゃんもあまり僕と話しているのを見られたくないだろう。
「御会の事なんだけど。」
御会とは、毎月1回、1時間、お互いの部屋を交互に訪れ。楽しく?語り合う会の事である。別名逢言とも言う。相互理解を深める為、という名目で開かれ、婚約が決まった時から続けている。
「・・・」
「前回、例の病気の件で1回飛ばしたでしょう。今回は紅葉ちゃんの部屋という事でいいのかな?」
暗に性別変わったけど、今まで通り開催でいいんだよね?という含みももたす。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「紅葉ちゃん?」
反応がない。僕の事を嫌いなのは分かるが、無視されるのはきつい。
「・・・」
「紅葉ちゃん?」
もう一度言う。というよりさっきからこっちをガン見している。距離もなんだか近い。見方によってはカツアゲされている感もある。
「蒼生。」
やっと反応があった。少しホッとする。
「どうしたの?」
「スカーフが変だわ。」
「へっ?」
思わず変な声がでる。
「右側だけリボンが少し大きいでしょう。」
「あっ、本当だ。」
確かに大きい、でも言われないと気が付かない程度だ。それでさっき見てたのか。
「貸しなさい。」
そう言って、紅葉ちゃんがシュルシュルとスカーフを結び直してくれる。流石に元女生徒だけあって慣れた手つきだ。
「ありがとう。」
素直にお礼を言う。結びなおされたスカーフは左右対称で先端までピンと伸びている。紅葉ちゃんの性格みたいだ。
「あなたも駒崎の人間なのだからしっかりしなさい。あなたの品位の低下が駒崎の品位の低下になるのよ。」
「うん。」
厳しいけど、正論だ。
「それと、バスト何カップあるのかしら?」
「へっ?」
また、変な声が出る。
「重要な事なのよ。」
「し、Cカップです。」
何故か敬語になる。
「そ、もま、ブラジャーは合ってるのかしら?形も変だし、圧迫し過ぎのように見えるのだけど。」
体のラインが出るのが嫌で、小さめのスポーツブラをつけている。その事を言っているのだろう。
「見られるのが嫌で。」
正直に言う。
「いい、蒼生。あなたは女の子になったのよ。それを自覚しなさい。」
なんか、催眠術師みたいな言い聞かせ方だ。その辺の気持ちの整理は僕としては、まだ全然つかない。
「・・・」
「私は男として生きる覚悟を決めたわよ。」
それは見ていてわかる。紅葉ちゃんにあまり迷いはないように見える。言葉遣いは直らないけど。というより、僕も紅葉ちゃんも言葉遣いはなかなか直らない。容姿的なものを直すよりなんかハードルが高い。
「・・・」
「御会の件だけど、いつも通りの土曜日でいいわ。」
「分かった。」
最初の話、覚えていてくれたんだ。
「けれど少し時間をずらして欲しいのだけど。」
「それは、勿論。」
「じゃあ、夕方からにして、16時ぐらいが都合がいいわ。」
御会は普段は第4土曜日の午前中にする事になっている。
「分かった。」
今週土曜日の午後は灰斗のバスケの練習試合を見に行く予定になっている。まぁ、3時ぐらいには終わると言ってたから、終わった後、直ぐ帰れば16時には余裕で間に合うだろう。
「じゃあ、もう行くわ、ホームルームに遅れるわよ。」
「あっ、待って、紅夜伯父さんにもお礼を言いたいから伝えておいてくれるとありがたいんだけど・・・」
紅夜伯父さんは紅葉ちゃんの父で駒崎グループの総裁でもある。今回の件で、色々と世話を焼いてくれた。今の性別で学校に通えるのもこの人の影響が大きい。
「父はその時間は居ないわよ。」
「そうなんだ。」
忙しい人だ、厳しい人でもある。少しだけホッとする。
「ていうか、家人は誰も居ないわ・・・」
最後に紅葉ちゃんが何と呟いたのか僕には聞こえなかった。
よければ、いいね。ブクマ。評価お願いします。
やる気が出ます。