紅葉の快然
「マジで男になってるの草生えるんだけど。」
樹利亜が、以前と同じ調子で話しかけてくる。樹利亜はこの学校には珍しく派手なタイプの女生徒だ、最初は恐る恐るという感じで私に話しかけてたんだけど、3分も話していたら直ぐに元の口調に戻った。もっともそれ程仲が良いというわけではない。
「男に変わったからって、交友関係を全て変えるつもりはないわよ。樹利亜にも以前通りに仲良くして欲しいわ。」
「おおっ!!」
「どうしたの?」
「改めて見ると、紅葉凄いイケメンだよね。美女が男になるとやっぱり美男になるのかぁ~」
樹利亜がまじまじと私の顔を見る。
「そうなの?自分では分からないわ。」
「いやいや、マジ凄いから、そのルックスならどんな女でも落とせそう。」
「そんな単純ではないでしょう。それに女性を相手にする気分にはなれないわ」
一人だけ例外は居るけど。
「まぁ、一ヶ月前までは女だもんね。本当どうなってるのかな?」
「こっちが知りたいわよ。」
「ん?女がダメなら、男を相手にするのかな。BLだ、BL。」
樹利亜がおどけた口調で言う。
「ちょっと、樹利亜、紅葉が困ってるでしょ。」
私が迷惑していると思ったのか、横から紫雨が口を挟む。紫雨は私の一番の友人であり、公表前に男体化を知っていた一人でもある。クラスでの協力者と言っていい。
「あ~、ゴメンゴメン、別にからかうとかそういうつもりなかったんだけど」
樹利亜が素直に謝る。思ったことがすぐに出るだけで、別に悪い娘ではないのだ。
「気にしてないわよ。」
絡み方が偶にうっとおしいのは、勘弁してほしいけど。
「でも、その姿で女言葉なのが残念だにゃ~~」
「直そうとしてるんだけどね。」
お父様にも男になった以上、振る舞いを全て直せと言われた。でも、そんな簡単に直れば苦労はしない。
「ちょっと練習してみない?」
「練習?」
「男言葉で、あーしを口説く振りをしてみてちょ。」
自分を指さしながら、樹利亜が言う。
「いきなりは難しいわよ。」
「ちょっと樹利亜、また・・・」
紫雨が樹利亜を牽制する。
「ええ~面白いと思ったんだけどなぁ。それに男になった以上、女を口説く練習は必要じゃない~~。」
樹利亜が唇を尖らせながらブー垂れる。
「だとしても、強引にやらすようなものでもないでしょ。」
「う~ん、そっかぁ~~~~、あっ、ちょっと待ってて。」
樹利亜が思い出したように自分の机に戻り、鞄から本を取り出した。
『?』
「これこれ、これならどう?」
手に持った本を私に見せながら言う。
「どうって?」
「このコマと同じ事を私にやってみてちょ。それならハードルが低いっしょ。」
少女漫画の1コマだろうか。男子生徒が女子生徒に詰め寄っているシーンだ。
「それなら、まぁ」
あんまり、拒絶しても面倒なだけだ、それで樹利亜が満足するならさっさと終わらせよう。
「いいの?」
紫雨が聞いてくる。
「いいわよ、減るもんじゃないし、それに男としての振る舞いの練習が必要というのは案外的を得ているし。といっても、これが練習になるかは、微妙だけど。」
「いや、私が心配しているのはそっちじゃなくて。はぁ」
「なによ?」
紫雨が何を言いたいのかよく分からない。結構ズバズバ意見を言うタイプなんだけど。
「別に止めはしないけど。」
「そう?」
本当によくわからない。
「とりま、OKってことね。」
「OKよ。座ったままじゃできないわね。」
漫画のコマは、壁際で男子生徒が甘い?言葉を囁くシーンだ。3人で教室の後方に移動する。紫雨もなんだかんだで見物するらしい。
フム、こんな感じかしら。樹利亜が壁を背に立ったのをみて漫画通りのセリフを吐く。身長が高くなった分、自然と見下ろす形になる。
「樹利亜、もうどこにも逃がさない。」
右手で壁ドン、左手で顎クイしながら、愛を呟やく。一応、自分なりにキメ顔も作る。
「・・・・・」
「ふ、ふへっへへ。」
「樹利亜?」
「これ、しゅしゅごい。脳とろける。」
樹利亜がだらしない顔をしながら、ボソリと言う。
「大丈夫?」
主に頭が。
「もっかい、もっかい、もっかいやって。」
ボットと化した樹利亜が"もう一回"を繰り返す。
「ええ!」
「お願い、紅葉、いや、紅葉様。」
紅葉様?
「まぁ、いいわよ」
なんか、少し楽しいし。
「やった!」
樹利亜が露骨に喜ぶ。
再び樹利亜が壁を背にして立つ。
「樹利亜、もう離さない。キミだけを愛している。」
同じだと面白くないので、少し変更してみる。壁ドンは肘ドンに、顎クイは強め増し増しで、もちろん、キメ顔も忘れない。
「・・・・うん。」
『・・・』
"うん"って何?そして何故目をつぶる。
「あっ・・・・、なんかゴメン。今日はもう帰る。なんかゴメン。」
暫くして、樹利亜が俯向きながら言った。妙にしおらしい。
「帰るってまだ3限目よ?」
「うん、ゴメン。」
樹利亜が、自分の席に戻り鞄をとっていそいそと教室を出て行った。
「なんか悪い事したかしら?」
気が付けば、教室中の視線がこちらを向いていた。
「完膚なきまでに堕ちたわね。」
紫雨が樹利亜が出て行った方を見ながら呟いた。
よければ、いいね。ブクマ。評価お願いします。
やる気が出ます。