蒼生の発現
「大丈夫か?」
灰斗が、心配そうにこちらを見る。
「もう、殆ど回復してるんだけどね。」
百貨店で倒れ込むという醜態から3日経った。夏風邪と月のモノが重なった所に無理をしたせいで、周りに迷惑をかけてしまった。既に治っているんだけど、しばらく安静にしてろと言われている。
「ほんと、この子には出かけない様に言ってたんだけど。」
灰斗に御茶を出しながら、お母さんが会話に入ってくる。
「ありがとうございます。美鈴お姉さん。」
お姉さん?
「あら、お姉ねえさんだなんて、真島君は今日もいい男ね。」
「いえ、お姉さんこそ。」
いやこれ、多分、言わされてるよね。そして、なんで、二人で和んでるんだ?
「それにしても、紅ちゃんにも困ったものね。」
御茶を出し終わったお母さんが、絨毯に座り込んだ。
「ははは、僕が調子悪いって言えば良かったんだけど。」
紅葉ちゃんが、僕を誘うなんてめったにないから、言いつけを破り外出してしまった。家に居た時は少し体調が良かったからいけるかな?と思ったのもある。
「男になって、体力があり余ってるのかしら?」
「うん。ところで、お母さんはそのまま居座る気?」
なぜ、ナチュラルに会話に混ざろうとしてるのだろうか?
「ダメ?」
「ダメ。」
普通この年頃の子供達に混ざろうとは思わないだろう。
「蒼生のけちんぼ。」
「はいはい、早く出て行ってね。」
「分かりました。邪魔者は消えますよ。」
拗ねたような口調で、立ち上がる。
「・・・」
「あっ、そうそう。お母さん思うんだけど。」
素直に出ていくと思ったら、部屋のドアの前で振り返りかえる。
『?』
「蒼生のお婿さんは、真島君のような人がいいと思うの。」
「ゴバッ!!ゴホッ、ゴホッ!」
灰斗が、御茶を吹きだす。
「何言ってるの!早く出て行ってよ!もう。」
「はいはい。では、ごゆっくり。あー、早く孫の顔が見たいわぁ。」
追い出された仕返しなのか。捨て台詞を残して、部屋から出ていく。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
気まずい沈黙が流れる。
「ハンドタオル、そこの引き出しにあるから。使って。」
タンスを指さしながら僕が言う。
「あ、ああ、サンキュ」
「ごめんね、お母さんが変な事言って。」
灰斗だって困るだろう。それに、孫って、元男子の娘に言う言葉じゃないと思うんだけど。ん?なんか変だな?
「いや、気にしてねぇよ」
灰斗が口元と手を拭く。
「そう?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
また、沈黙が流れる。灰斗との会話なんて普段は途切れる事なんかないのに。
「最近、バスケどう?」
「ま、まぁまぁかな。バスケは屋内でやれるから、夏でも全然問題ないし。外ランがきついぐらいかな。」
「ふーん?バスケなのに外でランニングするの?」
「ああ、気分転換の意味合いが強いけど、風とか緩い傾斜とかで体幹が鍛えられるし、アスファルトは固いから、衝撃に強い身体を作れるんだとさ、受け売りだけどな。」
「へぇ」
運動部の練習って色々考えてるんだな。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
3度の沈黙。
「そういえば。最近、色付きリップ試してるんだけど。どうかな?」
言った後、自分でもまずいと思った。沈黙は判断を狂わせる。
「どうって?」
灰斗がこちらを見たと思ったら、すぐに顔を逸らした。お母さんの馬鹿。
「まぁ、最近は男子でも色付きリップつけている人もいるしね。ナチュラルカラーが殆どだけど。灰斗も試してみたら?」
「いや、俺、唇の乾燥とかした事ないし。」
「へー、うらやましい。僕は結構、乾燥するタイプだからなぁ~」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
やはり、会話が続かない。
「リップね。紅葉ちゃんがプレゼントしてくれたんだ。」
「紅葉か。」
「きちんと体が変わった事を受け入れろって事だと思うんだよね。」
こんな事言われても灰斗は困るだけだろう。
「紅夜が・・・、紅夜がさぁ、そう言った。だからって、その通りにする必要はないだろ?」
あれ、なんか少し怒ってる?
「それは。」
「本家とか、分家とか良く分かんねぇけどさ。今回の事も蒼生がきちんと断れれば、倒れずに済んだだろう。」
「うん。」
灰斗が心配してくれている事は分かる。外から見ると、僕たち二人の関係は歪に見えるだろう。それは、性別が変わったせいじゃない、その前からずっと。
「俺ならさぁ・・・」
「・・・」
「・・・」
「灰斗?」
「あ、いや、なんでもねぇ。」
『?』
「まぁさ、蒼生が男でも女でも、俺たちの友情は変わらないから。困ったら何でも頼ってくれよ。」
灰斗は間違いなく親友だ。でも、性別が変わって、向こうがどう思っているのかは分からなかった。灰斗がそう言ってくれたお陰で少し楽になった気がする。
「分かった。」
「色付きリップ。」
「へ?」
「似合ってるよ。」
「あ、ありがとう。」
あれ、結構、嬉しいかも?
「ん、んじゃ、今日はもう帰るわ。長居しても悪いしな。」
「ん、またね。」
「おう、またな!」
灰斗が部屋を出ていく。
『リップを褒められて喜ぶなんて、心も身体に追いついて来てるのだろうか・・・。』
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やる気が出ます。