紅葉の鬱憤
蒼生と紫雨が部屋を出ていく。
「さっきの話なんだけど・・」
扉が閉じてから、暫く経って、紅葉は、そう切り出した。台所はここから対角の位置にある。多少は大きな声を出しても聞こえないだろう。
「さっき?」
「蒼生がバスケットボールの練習試合を見に行ったって話よ。」
「ああ」
「そういうの止めて欲しいんだけど。」
「随分いきなりだな。」
灰斗が少しムッとする。
「灰斗が誘ったんでしょ?蒼生がバスケに興味があるとは思えないもの。」
「無理に誘ったわけじゃないぜ、見に来ないか?って言っただけだ。」
「蒼生がその手の誘いを断らないのは知ってるでしょう。」
「練習試合の見学に誘うぐらいいいだろ?」
「蒼生は私の許嫁なのだけど。」
「待てよ!だから何?そこまで干渉する権利があるのかよ。」
少しヒートアップしてきた。お互いに。
「分かってないようだから教えるわ。もし今の蒼生と灰斗が一緒にいた場合、赤の他人はどう思うかしら?」
私はなんでこんなにイライラしてるのかしら。
「どうって?」
「ただの友達と思う方は少数派よ。」
「・・・」
「今はいいわ、周りに事情を分かっている人間も多いから、でも、時間が経つにつれてそうではなくなる。婚約者のいる蒼生が、あなたと必要以上に仲良くしていれば、変な噂が立つことになりかねないわね。」
「何だよそれ。」
「迷惑なのよ。」
はっきり言う。
「蒼生と仲良くするなっていいてぇのか!」
灰斗の声が少し怒気を含む。
「節度を守って欲しいと言ってるの。」
私の声にも怒りが滲む。嘘だ、婚約を盾に暗に蒼生に近づくなと言っている。卑怯な思考。イライラが私に嫌な事を言わせる。止まらない。
原因は自分でも分かっている。"嫉妬"だ。蒼生が灰斗とこの家に入ってきたときに見せていた笑顔。私の前でそんな顔を見せたことは無い。さっきの会話でもそうだ。不覚にも二人が似合いのカップルに見えたことも、それに拍車をかける。
「じゃあ、俺も言わせてもらうけどよ。紅葉は、少し蒼生に気を遣わせ過ぎじゃないか?」
「私と蒼生の関係に口を挟まないで欲しいわ。」
「いや言うね!大体、お茶を入れるのだって本来は紅葉の仕事だろう。」
「別に私が命令したわけじゃないわ。」
「そういう気の回させ方をさせるのが、おかしいって言ってるんだよ!大体、本家だとか、分家だとか、しきたりとかで、人の意思を縛ろうとしてるのが、傍から見て不自然なんだよ!」
利いた風な口を叩く。
「親友ね。」
「・・・・なんだよ?」
「どうみても、あなたの蒼生に向ける態度は、親友に向けるそれじゃないように見えるけど?」
腕組みをして、わざと煽るような口調で言う。
「・・・」
「蒼生が好きなのでしょう?」
はっきりさせなければいけない。
「・・・」
「あら?ダンマリ?でも否定はしないのね?親友の性別が変わって、自分好みだったから、"これは運命だ"とでも思ったのかしら?」
「だったら何だよ!」
「図星?」
「・・・」
灰斗がドアを見る。
「蒼生なら、まだ戻ってこないわよ。」
台所は遠い。しかも、蒼生はお茶を淹れる時は、その都度やかんでお湯を湧かす。まだ、帰ってくるには相当の時間がかかるだろう。
「そうだよ、・・・・確かに俺は蒼生に普通ではない感情を持っているよ。」
「・・・・あっさり認めるのね。でも駄目よ。アレは私のモノだもの。」
「なんだよモノって、蒼生は人形じゃないぞ!」
「とにかく、必要以上に近づかなければいいから、これからも蒼生と清い友人関係でいてね。」
「・・・」
「・・・」
「納得いかねぇ。」
少しの沈黙の後、灰斗が低い声を出す。
「あなたが、納得しようがしまいが、そんな事はどうでもいいのよ。」
「そもそも、変な噂を立てられるのが迷惑なら、婚約自体を解消すればいいだろ。」
「出来るわけないでしょ。」
「なんだよ、結局、紅葉も蒼生と離れたくない事か?」
「そんなわけないじゃない。」
灰斗の態度が私につまらない見栄を張らせる。
「なら、別に解消してもいいだろ?」
「そんな簡単じゃないわ、駒崎家の問題なのよ。」
「そうか?この状況で紅葉が婚約を解消したいと言えば、案外すんなり受け入れられるんじゃないか?」
嫌な事を言う。
「分かったわ・・・。」
「本当か?」
灰斗が一瞬喜ぶ。
「分かったのは、別の事よ。」
「別の事?」
「先程、"納得できない"と言ったわね。」
「・・・」
「勝負をしましょう。」
「・・・」
灰斗は黙ったままだ、私が何を言うのか見定めているのだろう。
「蒼生にあなたの事が好きだと言わせてみなさい。」
「・・・はぁ、どうして?」
「あら?理にかなっていると思うけど?他に好きな相手がいるなら、蒼生は婚約解消に同意するでしょう?私も手を引く理由が出来る。」
灰斗が今の状態を不自然だと考えるのはある意味当然だ。
「・・・それが、出来れば、婚約を解消するんだな?」
私の目を正面から見据える。
「お父様に進言するわ。但し、期限は3カ月。あまりだらだら勝負をして、先程も言った通り、変な噂を立てられても困るもの。」
3指を立てて、灰斗の前に見せる。
「3カ月・・・」
「乗るも乗らないも勝手だけど、その場合は現状維持するだけね。」
あくまでも決定権はこちらにある。それを強調する。
「確認するが、3カ月の間は蒼生を誘ったりしても、文句はないんだな?」
「そうね、勝負を尋常なものにする為に、その期間は例外措置とするわ。」
「やる、やるよ。約束を違えるなよ!」
「そっちこそ、負けたら必要以上に蒼生に近づかない。という約束を忘れないでね。」
その後、蒼生と紫雨が部屋に戻ってきて、表面上は穏やかに御会は終了した。
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やる気が出ます。