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プロローグ(|蒼生(あおい))

「このように、不定詞は未来への向けての表現、動名詞は過去の出来事や事実を表現する場合によく使われます。不定詞を使うか、動名詞を使うか、は受験の最頻出問題で・・・」

担任でもあり、英語教諭でもある(いぬい)先生がホワイトボードにキュッキュッと小気味よい音を響かせながら板書していく。


 6月にしてはカラッと晴れて気温は控え目、教室にエアコンはかかっておらず、窓からはそよ風と他のクラスの体育の掛け声が遠く聞こえていた。


 5限目英語表現の授業、4限目は体育で体は適度に疲れ、お腹も満たされている。目の前には他国言語の文法を説明する教師。もういっそ殺してくれと言いたくなるような睡眠シュチエーションだ。事実まじめな生徒が多いこの高校では珍しくクラスメイトの1/4程度は既に陥落(かんらく)しているようだった。


「では、"deside"を例に取ってみましょう。He desided to sleep early tonight.というと、彼は今夜早く寝ることを決めた。となります。」


 うとうととする頭で、2つ斜め前の席を眺める。紅葉(くれは)ちゃんが真面目に授業を聞いている。ピンと伸びた背筋はイスの背もたれに掛かる事なく、両足は椅子の下できちんと揃えて整列している。肘は机に置かずL字に曲げ、手には斜め傾けた教科書を持っている。まるで、ポスターに出てきそうな"勉強をするときの正しい姿勢"を体現したような格好だ。


『疲れないのかな』


「不定詞しかとらない動詞、動名詞しか取らない動詞、これは必ず覚えて置いてください。次に・・・」


 駒崎(こまざき) 紅葉(くれは) 立体的ながらもふわっとした顔の輪郭。ガラスのような白く透明な肌。切れ長の(まぶた)に赤が少しだけ混じった瞳。眉はきれいに整えられており、すっと通った鼻筋に薄い桜色の薄い唇がついている。一見外国人かと見間違うほどの容姿だが、黒く長いロングストレートの髪がそれを否定している。ありていに言えば人形のような美少女である。


「重要なのは、To不定詞型と~ingの両方を取れる動詞において、意味が異なる場合が存在する事です。forget、remember、regret、tryなどは、その代表とも言えるでしょう。」


 一見きつそうな外見だが人当りも良く、クラスメイトや教師からの受けも良い。最も人当りが良いのは"僕意外の他人に対しては"という条件がつくのだけど。動物で例えるなら、間違いなく猫科だろう。


「長文の穴埋め問題の場合は、前後の文脈から判断し、どちらを選ばせる問題もあり、頭の中に例文がどの程度入っているかが、重要な鍵となります。」


『いけない、教師の言葉が段々、念仏のように聞こえてきた。』


 ボーっと、昔の事を思い出す。紅葉ちゃん・・・。まだ、僕が彼女から嫌われていなかった時の話。従姉(いとこ)で家も近かった僕らは仲良くなり、当然のように一緒に遊ぶようになった。お互いに一人っ子だったから姉弟(きょうだい)のような感覚だったと思う。楽しかった事を思い出すと妙に涙がでそうになる。


「~ingを使い、I regret saying the secret.と言うと、"秘密を言ったことを後悔しています。"となりますが、"I regret to say the secret."と言えば、秘密を言わなければならないのは残念です。"となります。」


 関係がおかしくなったのは僕らの婚約が決まった時からだ、駒崎家の古いしきたり。本家に女しか生まれず、分家に歳が近い男がいる場合、二人を結婚させるのが"駒崎家"の習わし。いつの時代の話だよと思われるかもしれないが、令和の今の時代である。


「前者は、既に秘密を言った後であるのに対し、後者はこれから秘密を言う。という表現の違いもあります。」


 僕との婚約に紅葉ちゃんは酷く反対した、そりゃそうだろう。僕が女なら、こんな頼りない男はお断りだ。顔だって至って普通である。自分で言ってて情けないが事実だろう。僕が婚約に反対しなかったのも彼女にとっては不満の一つなのかもしれない。二人で反対すれば、親同士も考え直したかもしれない。


「話は少しそれますが、知っての通り、"to say"は"that"を伴ってよく使われるパターンが多く、慣用表現として非常に重要なので必ず頭に入れておいてください。」


 いっそ、僕が女だったら良かったのかもしれない。そうすれば、彼女との関係も(こじ)れずに済んだのだろう。ふと、そんなことを思った。


【その願い叶えよう】


『・・・えっ!?何今の?頭の中に高い声が直接響くような感覚。』


『・・・・』

待ってみるが声が再び聞こえることはなかった。気のせいかな?眠すぎて幻聴が聞こえたのかも知れない。


「それでは、授業はこれまでとします。」


 乾先生がそういった瞬間、終了を知らせるチャイムが鳴った。今日は後一限で終わりだ。この時はこの日常がずっと続くんだろうとなんとなく思っていた。


 次の日、自分の体が"女"になるまでは・・・。

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やる気が出ます。

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