07,糧
『絵柄のクッキーを食べる事で、その絵柄に描かれた者の魔法、スキルをランダムに一つ習得出来ます』
「ああだから〈斬撃:小〉覚えたのね」
このシステムはかなり便利だ。このシステムを上手く使えば、私が本来覚えられないスキルや魔法も覚えられる。今の様に。
だが別にこのシステムの醍醐味はこれではない。このシステムはあくまでオマケ。注目すべきポイントは他の部分。
「進化に必要な進化ポイントっていくつ?」
そう、進化に必要なポイントを取得出来るところだ。
『5です。だから頑張ってクッキーポイントを集めて下さい。クッキーにして食べて下さい』
物騒なことを言ってくる。だが言っている事は正しい。
進化するってことは強くなるってことだ。なら進化はしておいた方がいい。強くなるに越したことはないんだから。
チャンスがあれば積極的に集めてみよう。
私は一段落したところで彼女に視線を向ける。
すると目の合った女の子はビクッと体を震わせた。
なんか怯えてる、せっかく助けてあげたのに。
なんだか納得いかない。
私は女の子に近づいて行く。
彼女の容貌は綺麗だ。黄金色の瞳にグリーンの瞳。まるで天使の様な見た目をしている。
私が近付く度に女の子の体の震えが大きくなっている様な気がするが、気のせいだろうか。いや、気のせいではない。目に見えて大きく震えている。
「大丈夫?」
そう言うと彼女の体がビクッと震える。
「は、はい! 大丈夫です!」
どこが大丈夫なの? こっちが心配になる程、落ち着き無いけど?
「何で怯えてるの?」
「怯えてなんかいません!」
いや、明らかに怯えてるけど。
「怒らないから正直に言って」
「そ、それは……」
「正直に言わないと怒るよ?」
するとその一言が聞いたのか彼女は観念した様に口を開く。
「私もクッキーにされるんじゃないかと思って……」
彼女はそう言って私が持っている狼産のクッキーをチラッと見た。
心外だ。私にだって分別はある。命の危機に瀕していない限りは人間をクッキーに変えたりはしない。
「そんな訳ないでしょ……」
「……じゃあ私をクッキーにして食べないんですか?」
彼女は私を一体何だと思っているのだろうか。
怒りを通り越して呆れる。
「食べないよ」
「よ、よかった。てっきり私もクッキーにされて食べられるのかと……」
ミーナはホッと息をつく。
肩の荷が降りた様で何よりだ。
「私は千──チサト・センドウ。貴方は?」
「そう言えば自己紹介まだでしたね。私はミーナです」
ミーナはそう言ってニッコリと笑う。
危なかった。いつもの癖でうっかり本名を言うところだった。今後は気をつけなくては。
「これから宜しくね」
「はい」
するとその直後ぐーと腹の音が鳴った。
ミーナの顔が真っ赤に染まる。
どうやらミーナはお腹が空いていたらしい。
「ち、ちがいます! これは違うんです!」
この状況で誤魔化すのは幾ら何でも無理がある。この場には私とミーナしかいないのだから。
「ちょうどよかった。これ食べて」
そう言ってクッキーを差し出す。
正直言って勿体無いが、仕方ない。この状況でクッキーを渡さなかったら心証を損なう。そしたら後が面倒だ。
「でもこれって……」
「気にしないで、私はお腹空いてないから」
ミーナが気を遣わずに済む様に計らう。
「狼さんですよね……」
ああ、そっちね。
「ミーナだって狼の肉を食べるでしょ? それと変わらないよ」
「狼のお肉とクッキーになった狼は違いますよ」
そりゃそうだ。
でもここまで来たら私も引けない。何が何でもミーナに狼産クッキーを食べさせたくなる。
「じゃあ食べた私はどうなるの?」
「そ、それは……」
ミーナは言葉に詰まる。私はその隙を見逃さずに畳み掛ける。
「私気持ち悪い?」
「そんなことありません!」
真に迫るものがある。間違いなく本心から出た言葉だろう。でもだからと言って容赦はしない。それとこれとは話が別だ。
「じゃあ食べて」
私は再びクッキーを差し出す。
するとミーナはそれで『逃げられない』と悟ったのか──
「はい……」
観念して狼産クッキーを受け取った。
だが受け取ったは良いものの、中々口にしようとはしない。
「どうぞ」
ミーナは私にそう促されると意を決して齧り付く。
「お、おいしい!」
暗い表情から一変、パッと明るくなる。
私もこんな顔してたのかな?
そしてミーナはあっという間に平らげてしまった。
「悪くなかったでしょ?」
「そう、ですね………」
ミーナの目が物欲しそうに残りのクッキーに注がれる。
口が『クッキーの口』になっている。
さっきはあんなに嫌がってたのに………食いしん坊さんめ。
「食べる?」
私が残りのクッキーを差し出すと──
「いいんですか!」
ミーナの表情がパッと明るくなる。
「うん」
餌付けは重要だ。
「ありがとうございます!」
ミーナは勢い良く頭を下げると、クッキーを奪い取る様に受け取り、一瞬で平らげた。
はやい、はやい、はやい。お前狼の時その動き出来てたら逃げれてただろ。
「ミーナ、口に食べカスついてるよ」
私は自分の口元を指して教えてあげる。
「あっホントだ……」
ミーナは恥ずかしそうに顔を赤ながら食べカスを取ると──パクッと食べた。
どんなだけ食いしん坊なんだ。
「あ、その傷……」
ミーナの視線が下がる。
その視線を反射的に目で追うと擦り傷が出ていた。
「ああ、こっちにくる時に急いでたから切っちゃったみたい」
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
「ただの擦り傷だよ。それよりもミーナの方が」と視線を下げる。
ミーナは手足の至る所に傷を作っている。
擦り傷。切り傷。どれも生々しく痛々しい傷跡ばかり。ミーナの方が明らかに重症だ。
ミーナは私の視線を反射的に目で追うと──
「──あ」
今初めて気付いたみたいに声を漏らした。
「ホントだ……逃げるのに必死過ぎて気付かなかった……」
アドレナミンが出て痛みに鈍感になっていたのだろう。
だが『痛みがないから』といって体がボロボロな事には変わりない。
今は大丈夫でもアドレナリンが切ればば、その反動で耐え難い苦痛が彼女を襲うだろう。
「大丈夫。見てて」
私はそう言って手からクッキーを生み出す。
「ええええええええっっっっっ!」
ミーナは驚きの余り前のめりになっている。
お手本通りのいいリアクションだ。
だが私はそれに構わず、もう一回クッキーを生み出す。
「私はクッキーを生み出せるんだよ」
「……確かに凄いですけど、何故このタイミングでクッキーを?」
確かに話の流れ的にクッキーを出す流れではなかった。
事情を知らないミーナなら不思議がってもおかしくない。
だが必要があった。
別に自慢をしたかった訳ではない。
現に自慢をするならクッキーを二個出す必要はない。
つまりクッキーを二個出す必要があった。
「まあ見てて」
私はそう言うとクッキーの乗っていない手をミーナに向ける。
「〈クッキー・ヒール〉」
すると私の手の平の上にあるクッキーが二つとも消える。
そしてその直後、淡い光がミーナを包み込み、みるみるうちにミーナの傷を癒していく。
「えええええええええええええええええ」
魔法。クッキー・ヒール。
クッキーを二個消費する事によって、自分または対象者の傷を癒す。
これは決して無駄な魔力の消費ではない。
傷口から黴菌が侵入すれば、病気になるかも知れない。そして病気になれば最悪死に至るケースもある。
せっかく助けたのに死なれたらそっちの方が無駄だ。
だからこれは必要経費。決して善意から彼女を治療したのではない。
「……チサトさんって一体何者なんですか?」
「ただの女の子だよ」
「ただの女の子はクッキーを手から生み出したり、狼さんをクッキーにしたり、クッキーを使って傷を癒したり出来ないと思いますが……」
ごもっともだ。
「じゃあただのクッキーの女の子だね」
「もういいです……」
ミーナは私が真面目に答える気がないと分かるや否や早々に諦めた。
「ミーナは何でこんな森の中にいたの?」
「木苺を探してたんです。木苺は美味しいですから。チサトさんは?」
──この質問を待っていた。
私は内心ニヤッと笑う。
「この辺に泊まれる場所がないか探してんだよ」
私はそう言ってミーナをチラッとみる。
「なら私の村に来ますか? 丁度この近くに私が住んでる村があるんです。小さい村ですけど」
思惑通りに事が進んだ。
私は内心ほくそ笑む。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
「案内しま──ひゃ!」
「……どうしたの? 急に変な声出して?」
「なんかズボンの中に入ってきました!」
「いや何いって──あ」
ミーナがこぼしたクッキーのカスにアリが行列を作っていた。
十中八九その内の一匹がミーナのズボンの中に侵入したのだろう。
「ミーナ、下下」
「下って──えええ!」
ミーナは急いでその場から離脱してこっちに来る。
「あ、アリさんが袖から出てきました」
アリは一番上まで登って出てきたらしい。
結構な道のりだと思うがよく頑張ったものだ。
ミーナは地面に手をつき、足場を作って、蟻を優しく地面に返す。
実に慈愛に溢れる行動だ。
「じゃあ私の後ろをついて来て下さい」
そう言って歩き出すミーナの後ろを私は黙ってついて行く。