04,盗賊ザック
俺はザック・ボレスト、盗賊団の下っ端だ。
冒険者にやって大金を稼ぐ、そう啖呵を切って故郷の村を出たのはいいものの、世間は俺が考える程甘くはなかった。
村で一番だった剣の腕は、街では極ありふれたものだった。
俺に剣士の才能はなかった。
俺は井の中の蛙だった。
俺ではせいぜいDランクになるのがやっとだった。だが低いランクではロクな依頼は斡旋して貰えない。下っ端風情に回ってくる依頼などせいぜい薬草探しやキノコ探しが良いところ。つまりその日の飯代すら賄えない。かと言って今更故郷にとんぼ帰りする訳にもいかない。啖呵を切って飛び出して来た手前、ろくに結果も出してないのにノコノコ村に帰る訳にはいなかった。出戻りするなら何か土産話の一つぐらい必要だ。だが俺にはそれがない。それも無しに故郷に帰るのは俺のプライドが許さなかった。だがこのままでは俺は近い将来確実に野垂れ死ぬ。
そんな時、同じDランクの冒険者に声を掛けられた。簡単な仕事があるからやらないか、と。
怪しい仕事だと分かっていた。でも俺には後がなかった。だから俺は日々の生活の為に仕方なく悪事に手を染めた。
最初は窃盗などの軽犯罪。だがそれがどんどん大きくなり、誘拐や殺しになった。俺は堕ちるところまで堕ちた。だがそこまでいっても結局稼ぎの大半は上に持ってかれてしまう。いつも手元に残るのは雀の涙程の現金。俺は悪党としても小物だった。何をやっても上手くいかない。大人しく村にこもっていれば、こんなことにはならなかっただろう。だが今更それを言ったところで仕方ない。もうどうにもならない。だから俺は今日も今日とて獲物を探しに森に潜る。
その日は向かい風だった。
森の青臭い匂いに微かに甘い匂いが入り混じっている。
──糖分
それを俺の鼻が感じ取った。
空腹で嗅覚が敏感になっているのが幸いした。
現代において糖分は貴重だ。
貴族でもない限り糖分を摂取出来る機会なんかそうそう訪れない。
俺の足は自然と甘い匂いの方へ向かう。虫が密に吸い寄せられる様に。
良い匂いだ。
自然と頬が緩む。
近づくごとに甘い匂いはどんどん濃くなっていく。
もうすぐだ、もうすぐだ!
逸る気持ちを抑えられずに早歩きになる。
そしてひらけた場所に出ると、地面にクッキーが落ちていた。
なんだこんなところにくっきーが?
疑問に思いながらも、足は前に出る。
糖分の誘惑には抗えない。
足が勝手にクッキーの元に向かっていく。
俺は屈んでクッキーを手に取る。
目がクッキーに釘付けになる。
ごくり、と喉を鳴らす。
ようやくだ。ようやくだ。
今か今かと待ち侘びた光景に心が踊る。
その感情に身を委ねる様にクッキーを口に運ぶ。
そしてようやくクッキーが『唇を潜ろうか』と言う時──後頭部に衝撃が走る。
「──ガッ!」
俺は何が起きたか訳も分からず前方に倒れ込む。
頭が割れる様に痛い──いや、事実割れているだろう。
何が……何が起きたんだ!
俺は訳が分からず困惑する。
俺は最後の力を振り絞って、後ろを見る。
するとそこには美しい少女が立っていた。
まるで天使の生まれ変わりのような、そんな少女が。
ふっ、これが因果応報か……
俺はそう皮肉げに笑って、瞼を閉じる。
こうして俺の細く短い人生が幕を閉じた。