18.七枝蓬と堕天使
退屈な終業式の途中。錬金術師、七枝蓬は体調不良と適当に偽って体育館を抜け出すと、まっすぐオカルト研究部の部室へとやって来ていた。
式の最中ともあって、生徒はもちろん教師でさえもいないはずだが、そのどちらでもない――厳密には元生徒だった――存在がいた。
「堕天使。先週にした話の答えを聞こうじゃないか」
『ああ。俺の持つ力、貸してやる。……ただし、一つだけ条件がある』
「条件?」
『天河一基を殺すこと、だ。今の俺や前のアイツにしていた封印なんて甘っちょろい方法を考えているのなら、俺は力を貸すつもりはねえ。確実にあの天使を葬り去るのが、俺の力を貸してやる条件だ』
上鳴御削の身体へと宿り、共に去っていった天使、天河一基。彼は、上鳴の体質を利用して、ある目的を果たそうとしている。
そもそも、その目的――『神族化』を阻止するのが堕天使であるツァトエルの目標のうちの一つだった。
そして、七枝をはじめ、隠祇島に向かう面々の目的。天使の手から上鳴を取り戻すにしても、やはり天使との衝突は避けられない。互いに敵が同じであることから、七枝は提案したのだった。――天使に対抗し得る力、堕天使としての力を貸してほしい――と。
神凪や比良坂、許斐の気持ちまでは、流石の七枝も分からない。が、少なくとも彼女には『上鳴御削を取り返す』という目的さえ達せられれば、わざわざあの天使を滅する理由もない。
だが、逆に言えば。こちらにとって、あの天使を生かしておく理由だって存在しない。
そうなれば、七枝の答えも一つに絞られる。
「分かった、約束する。天使は私が討つ。……堕天使、力を貸してほしい」
『その言葉を待っていたよ、錬金術師。……お生憎様、俺は自力でここから出られないんでね。その箱、ちょいとブッ壊してくれねえか?』
「了解」
七枝は、ブレザーの内ポケットから常備している小型の爆弾を取り出すと、迷わず起爆し、堕天使を封印しているお菓子の空き箱に向けて放り投げる。
直後、ボゴオオオオオオオオッ! という大型の花火程度の破裂音と共に、お菓子の空箱だけを焼き尽くす程度に威力を抑えた控えめの爆発が、その場で巻き起こる。
しばらくして、七枝の体内へと強引に『何か』が入り込んでくる、未知の感覚に襲われる。が、何が入り込んで来たかなんて言われずとも理解できる。
「ご協力感謝するよ、堕天使。少しの間だけど、この身体を共にする仲として――よろしく、ツァトエル」
『余計な慣れ合いは求めちゃいねえが、まあ挨拶くらいは返しておくか。……よろしく頼むぜ、七枝蓬』
一つの身体を共有する二人が、初めて互いの名前を呼び合った瞬間だった。
そして、彼女の背中からは――ばさりと、大きく漆黒の翼が開かれていた。




